Jitz. LIFESTYLE

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俺のブログ論! 〜ブログの未来は「信用創造」にある〜

ブログの時代は終わった…

 

ネットの至るところで、こう囁かれている。たしかにネットに対する人々の態度は変わってきている。コミュニケーションのあり方も変化している。わかりやすいところで云うと、検索行動もGoogleからYouTubeへと移っているし、若い世代どころか中高年でさえ「長い文章」を嫌うようになった。しかし、本当にブログというメディアの意義は終わりつつあるのだろうか。

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そもそも「ブログ」というメディアの生誕から考えてみると、もともとはネット上に誰でも公開できる「日記」として爆発的な普及を遂げた。独創的なコンテンツを発信することによって、書籍の出版にまで漕ぎ着ける「アルファブロガー」という人たちをも生んだ。そこから集客手段としてのブログが隆盛をきわめ、アフィリエイトなる手法でアクセスを稼ぎに変える人たちが出てきた。

 

ありとあらゆる目的と目論見をもった人が大挙して参入したことによって、死屍累々の無価値なコンテンツがネット上に散逸することになる。そうした玉石混交のコンテンツの利便性を高めるため、GoogleはExpertise(専門性があること)、Authoritativeness (権威があること)、TrustWorthiness (信頼できること)の3軸によって、価値あるコンテンツを拾い上げるシステムに転換した。ここから俄に、検索が面白くなくなったというような風評を聞くようになる。

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そして今年、5G回線の普及によってコンテンツ閲覧の制約が解き放たれることになる。静的なコンテンツの時代からリッチコンテンツの時代へと移行しようとしている。言語コミュニケーションはテキストから動画へと大きく舵を切ろうとしている。しかし、本当に従来の静的なテキストコンテンツは価値を失うのだろうか。僕はそうは思わない。

 

この時代の転換点にあって、情報発信の場として大きくクローズアップされるのが「オンラインサロン」だ。どのような形態で運営されているのかはサロンの方針によるものの、ここで交わされるコンテンツは主としてテキスト情報であるはずだ。実際に高い評価を受けるサロンは、高頻度にアップされる運営者による投稿なのだ。とするならば、テキスト情報が価値を失ったのではなしに、「ブロガー」という誰ともわからない情報発信者の信頼性、社会的地位が地に墜ちたのだ。

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つまり、読まれなくなったのは「長文だから」とか「ブログだから」といった理由ではない。要はその著者への「信用」が問われているのだ。そういう意味では最近、よく聞くようになった「信頼残高」や「貯信時代」といったキーワードが符合してくる。マーケティングの世界では3つのNOT、「読まない」、「信じない」、「行動しない」ということが囁かれる。この中でも現代はとくに「信じない」ということが、大きな壁として立ちはだかっていることを示している。

 

しかし考えてみてほしい。ブログに書いてきたこと、ブログをとおして考えてきたことそのものが、あなたの「信用」なのだ。つまり、ブログというメディアの位置づけが変わっただけの話であって、これからのブログの役割は、あなたの信用を担保する「データベース」としての存在にある。ブログの何が終わったかというと、それは「集客装置」「換金装置」としての役割が終わったということに過ぎない。

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実際に僕もこのブログを、自分が考えてきたことを保存しておくための「外部記憶装置」としてしか活用していない。そんな僕の思考の断片に、何かしら感じるものがある読者だけがメルマガなどに登録してくれれば、このメディアの機能は果たされているわけだ。

 

そして僕という実在の人物に興味をもってくれた現実の人たちが、僕の思考や趣向性をいつでも参照できるデバイスとして活用してくれれば、それでいいのだ。逆にいうと、ちょっとやそっとの興味本位では困ってしまう。そのようなカタチで繋がった人というのは、結局は希薄な付き合いのままで終わることが殆どだし、そういう人たちと一々やり取りをしているほど暇を持て余しているわけでもない。

 

だからこそ、より強烈に僕という人間に興味を持ってくれる人としか、僕は付き合いたくないのだ。なので、このブログを読むにあたって一定の覚悟をもってしか読めないように、時代のトレンドに逆行したような書き方をしている。つまり、そこらへんの余白だらけで中身もスカスカのコンテンツと同一視しないように、緻密な長文で綴っているのだ。

 

読みにくいって?当たり前です。巷で云うところのWebライティングで書いてませんから。このメディアに向き合ってもらうには、いわゆるブログとの向き合い方ではなく、あえて書籍や書物との向き合い方を強いているのだ。本と対峙するような態度で、ここに綴られたものをお読みいただくと、おそらくお値段以上の気づきが得られるようにコンテンツを綴っている。

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さらに自分という人間をより理解してもらうために、特定のジャンルに特化するつもりもないのだ。人間的魅力というのはつまるところ、いかに多くの引き出しを持っているかに集約される。特定のジャンルに無類の専門性を発揮する人もまた一つの魅力ではあるが、しかしその人を説明できるものが、たった一つの分野であるというのは寂しい話でもある。だって、いつもおんなじこと蕩々と語る人って、リアルにつまんないでしょ?

 

人を惹きつける文章・考え方というのは、特定のジャンルに拘らない雑多な事象を一繋ぎにできる「編集力」であると思うのだ。そういう意味ではGoogle検索が掲げる「Expertise(専門性があること)」に逆行することになるが、今やブログの存在意義は「集客」が目的ではないのだ。

 

つまり、従来の「ネット(ブログ)→リアル」という流れから「リアル→ネット(ブログ)」や「SNS(YouTube含む)→ブログ」という風に役割が変わりつつある。つまり、ネット上にあなたの実存を示すアイデンティティ・ツールになるということだ。ここをきちんと理解しておかないと、これからのネットビジネスであったり言語コミュニケーションの流れについていけなくなる。結論を述べると…

 

これからのブログは、

「信用創造」装置である!!