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哀しき道化のアカデミー賞候補作 ~映画『ジョーカー』を斬る~

本来は自分自身がおこしろかったものや何かが得られたことについてを書くべきで、その逆におもしろくなかったものや何も得られなかったことについて書くことは非生産的だ。だが、しかし。前評判からしてあまりにも高く、興行収入もすこぶる好調で、そして実際の鑑賞者も再興の賛辞を寄せるこの作品については、あまりにも社会的影響力があるために書かざるを得ない。また批評的態度を鮮明にしておくことが意義のあることのように思われる。

 

今おれが批判的批評を書こうとしている作品とは、映画『ジョーカー』である。


映画『ジョーカー』予告編

 

『ジョーカー』は言わずと知れたDCコミックスのダークヒーロー、バットマンの宿敵で“悪のカリスマ”という触れ込みのキャラクターだ。映画においてはあの巨匠クリストファー・ノーランがメガホンを取り、従来のヒーロー物とは一線を画すシリアスドラマに仕立てられ不朽の名作となった『ダークナイト』でも、今は亡き名優ヒース・レジャーが演じたことで、その異様で圧巻の演技がバツグンの存在感を放っていた。

 

そのジョーカーという稀代のヒール(悪役)がどのようにして生まれたのか、というバットマンのスピンオフとして製作されたのがこの映画なのだが、俺が不満なのは前作のヒース・レジャーによるジョーカーを、きちんと継承していないことが挙げられる。『ダークナイト』でジョーカー自身によって幾度か言及されていた、口を裂いた傷跡。あの傷跡はどのようにしてつけられたのかという、シリーズ視聴者にとっての最大の謎、関心事がまったく回収されていないのだ。

 

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今作:ホアキン・フェニックスによるジョーカー

 

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前作:ヒース・レジャーによるジョーカー

 

そして前作のジョーカーに如実に現れていた、不気味なまでに飄々とした得体のしれなさ、底知れない狂気が醸す理由なき破壊と殺戮の衝動が、今作ではまったく表現されていないのだ。もちろん今作のために極限まで体重を落とし役作りをしたホアキン・フェニックスの鬼気迫る演技も素晴らしいのだが、やはりそれとてヒース・レジャーを超えるものではないようにも感じられる。どこか狂気が弱く、また殺人衝動が説明的すぎるのだ。そう、今作での彼の殺人には動機がしっかりと映し出されており、快楽殺人者としての彼の姿がないのだ。

 

そして心優しき男がいかに悪のカリスマへと変貌していくのかという、心理描写やそのきっかけとなる不幸の総量が総じて低すぎることに、リアリティを感じないのだ。たんなる美しく儚いピカレスク・ロマン(悪漢文学)、ということに終始しており、そこにはおぞましいまでの人生の醜悪さや世間に対するルサンチマン的衝動も描写が弱すぎる。主人公・アーサーはもともと精神病院帰りの倒錯者として物語はスタートするのだが、その精神構造が崩壊していく様や神経症的パラノイアに取り憑かれた病的な狂気の描き方が脆弱すぎるのだ。

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本作は企画を自ら持ち込み、メガホンをとったトッド・フィリップスによるものだが、このような構成の映画はむしろ、デヴィット・クローネンバーグやダーレン・アロノフスキーといった偏執狂的なカルト作家たちが得意とするジャンルで、個人的にもぜひクローネンバーグ版『ジョーカー』を観てみたいと思ってしまった。今作はあきらかに『キングオブコメディ』を参照したうえでつくられているが、一般人が得体のしれない狂気に呑みこまれていく様を描くには、むしろクローネンバーグによる『裸のランチ』や『ヴィデオドローム』なんかを参照するべきだったように思えてならない。

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またホアキン・フェニックス演じるジョーカーのカリスマ性という点についても、あくまで劇中で象徴としては描かれているが、説得力に欠けているように思えて仕方がない。ジョーカーに変貌した後のアーサーの魅力がほとんど伝わってこないのだ。なにゆえに悪漢たちを惹き付け、破壊と暴力を助長する悪の象徴となったのか。この部分が明確になっていないがために、ヴィラン(悪役)としての魅力を感じることができない。ヒース・レジャーのジョーカーには“滅びの美学”を感じさせるだけの狂気があったが、ホアキン・フェニックスのジョーカーにはあくまで道化としての滑稽さ、哀しさしか感じられないのだ。

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おそらく同じようなトーンで描かれたバイオレンス映画には、オリバー・ストーン監督作品の『ナチュラル・ボーン・キラーズ』という傑作が存在するが、こちらの方が底知れない狂気と殺人衝動を感じさせ、フィルム、VTR、アニメ合成など目まぐるしく展開する構成も含め、同種の作品としては頭が抜きん出ている。『ジョーカー』は今年の上映ラインナップの中で見ると比較的、上玉といえる出来栄えかもしれないが、映画史上で見ると後世にまで語り継がれる作品にはなっていないし、高評価な評判ははっきり云って不当なものと思えて仕方ない。

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この映画を評価する人たちには、ぜひ『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を観てみてほしいとさえ思えてしまう。これ以上の映画の質的な低下、鑑賞リテラシーの低下を招くような事態にはならないでほしい、と真摯に願うばかりだ。

 

星:1つ

★☆☆

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