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運命学の運命 ~古の記憶と暦に生きよ~

古代中国では「運命学」という体系だった占術を学問の一つとして扱い、帝王学としても重用していた。『予知』とは五感、五知、四時を用いて、三界に現われる有形、の事象を知る力をいう。『予測』とは五知、四時を用いて、三界に現われる有形の現象を計る技をいう。『予言』とは五感を用いて、三界に現われる有形、無形の現象を感じる力をいう。

東洋の予知学 (東洋史観)

東洋の予知学 (東洋史観)

 

 

予知とは『五感』、つまり「見る」「聞く」「さわる」「味わう」「嗅ぐ」という五つの能力と、『五知』つまり「読む」「書く」「覚える」「算じる」「まとめる」という五つの知識、さらに『四時』とは時間観念(朝・昼・夕・夜)のことで、この二つの要素を駆使していたのだ。また「三界」とは「天」と「地」と「人間界」という意味。

 

一つの地に定着した民族にとっては日月星辰の運行、季節の変化、海流の動き、風の方向などを知ることが死活問題であったことから、占術は予知のためというよりは生活の生命線として存在していたのだ。

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ここ日本ではそこから陰陽学、五行説思考、暦術、天文学などを取り出して、陰陽道として独自の発展を遂げた。さらに中国から算命学が輸入され、日本独自の解釈を取り入れて「気学」へと昇華されたのだ。しかし近年、五知と四時を用いて形ある現象を計る、あるいはとらえる力のことを「予測」といい、ここには五感が働いてはいないのだ。再三このブログでもお伝えしているとおり、現代人の五感は退化しつつある。そんな現代人がかつての運命学を、はたして使いこなせるものなのだろうか。

 

現代の占い師といわれる職種の人たちの多くが都会人である。しかし、そもそもの運命学の起源こそは自然の摂理を読み取る力だったことを考えると、コンクリートジャングルたる現代社会という結界のなかで、自然界の営みや、変化する星の位置、風の流れなど諸々のものを入力し、正しく三界に現われる有形、の事象を知ることができるだろうか。

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そもそもが現代は、古代の太陰暦ではなく太陽暦の一種であるグレゴリオ暦をもとに動いている。そうなると古代とは異なる時間感覚、空間のなかで、古代の知恵を駆使して正確に予知することは可能なのだろうか。運命学はかつて、時間と空間という2つの世界が渾然一体となって相互に作用しあっているものと考えた。これこそが陰陽説である。この陰陽説の思想が宗教と結びついて、道教がいう「空なり」、儒教の「虚なり」、仏教の「無なり」など、時間と空間を区分したところに精神の究極を求めたのは、その出発点において時間の観念を脱したところに結実しているからだ。

 

とくに現代は、空間的認識が希薄化し、時間的認識に偏重した西洋的思考法にもとづいている。いつも時間に追われ、時間をお金で買うことで効率を重視することをベストプラクティスとする。しかし運命学的見地にたてば、時間にも陰と陽の時間が存在するのだ。それを空間的に区切ったものが十二支の発祥といわれている。この十二支に方位を表す符号の十干を結合させたものを六十干支といい、時間的概念を大切にする易占や四柱推命の根拠となっているのだ。つまり、そうした古代の時間の流れをもとにした予知学が、現代の異なる時間と空間のなかで本領を発揮できるのかという疑問が残る。

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では、古代人はどのように世界を認識し、そして生活を送っていたのだろうか。最近読んだ本にアボリジニの人々がどのように歴史認識しているかをフィールドワークで徹底的に読み解いたものがある。ここにおもしろい記述があった。

「時間が空間に従属している」世界にあって、歴史は景観・場所になる。

ある人物との出会いの最初に確認しあうのは、互いの位置と方角なのである。

だから、あらゆる歴史は、特定の場所と特定の身体とのあいだに一回限りで生じるということもできる。

歴史実践は、生ける世界と「人間・主体」との相互関係の中でのみ可能となるのであり、その意味において、歴史は、身体の記憶とモノの記憶と場所の記憶が接触するその瞬間にその場で生じるのである。

 

この本についてはじっくり味わい尽くして改めて記事にしたいが、あらゆるものごとが時間ではなく場所に紐付けられて、記憶されているわけだ。方位・方角を大切にする易占にも通ずる世界観を彼らが太古から有していたことは非常に興味深い。おそらく古代中国人もまた、アボリジニのような世界観のなかに生きていたに違いない。

 

そう考えると、はたして本当に古代発祥の運命学は、場所/空間の記憶を喪失した現代では生かされないのだろうか。そうではない。しっかりと空間を認識することが重要なのだ。しかも古代、中世における祭祀跡や神社仏閣、つまり所謂パワースポットだが、これらを中心に、失われし方位感を自分の中にインストールすることだ。そしてグレゴリオ暦と旧暦の2つの暦を行き来しながら生活をすること。そうすると古の記憶のなかでも生きることができ、現代とは異なる時間と空間が記憶に紐付いてくるはずだ。

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つまり運命学を現代に生かすには、古代の感覚(五感)によって生きる必要があるということだ。

感覚を研ぎ澄まし、古の記憶に生きよ!