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モノトーンに彩られた水墨画の世界と血生臭さの詩情 〜映画『SHADOW/影武者』〜

チャン・イーモウ監督最新作『SHADOW/影武者』を公開初日に観てきた。チャン・イーモウというと色彩の魔術師として、VFXを駆使した絢爛豪華な独自の世界観と武侠アクションというのがお約束なのだけれど、今作は「自分が本当に撮りたい物語と巡り合った」と語る意欲作だ。


映画『SHADOW/影武者』9/6(金)公開/本予告90秒

 

というのも今回は鮮烈な色彩を封印し、白と黒のコントラストで描かれた水墨画の世界にインスパイアされたアートワークなのだという。誰も挑戦したことのなかった未知の領域を、チャン・イーモウはどう表現するのか、自ずと期待も高まっていたのだ。

 

前以て公開された斬新なポスタービジュアルからして、かなり独創性があるのだが、劇中でも象徴的に太極図が描き出されており、作品のテーマ自体を暗示している。また、きっちり老荘思想における陰陽五行説を踏襲した内容になっていて、たとえば敵の剣技を“火”になぞらえ、その対抗策として“水”の剣技で相克を図るなど、随所にタオイズムが顔を覗かせる。戦争の行方を亀の甲羅を使って易占で占うなど、古代中国ならではの趣向が随所に光る。

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内容はというと、三国志の<荊州争奪戦>に着想を得た脚本になっていて、しばしば三国志ならではのモチーフや改変的なギミックも飛び出したりする。「影武者」というと日本では黒澤明だが、中国では影武者を扱った映画は過去に例がないらしく、チャン・イーモウがとくに切望したテーマだったのだとか。とくに秀逸だったのがサウンドワークで、ほぼ全編で琴や笛などの古楽器による演奏で占められていて、現代音楽が飛び出してげんなりするということはなく、一貫した世界のなかに意識を埋没させることができる。

 

俺は彼の代表作『英雄 ~HERO~』の頃からのファンで、とくに武侠ものとして剣技にキャラクターの個性が反映されたアクションにも共感を覚えるのだが、今作ではどちらかというとアクションは抑えめだ。というよりも終始、雨が降り続く中で葛藤に身を悶える、登場人物たちの揺れ動く心を巧みに描写した濃密な人間ドラマになっている。

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白と黒とも割り切れぬ人間心理の不条理さを太極図の陰陽が象徴しており、その折衷としての鮮やかなグレースケールが作品の性格を大きく彩っているのだ。ファーストカットとラストカットが見事に繋がっているのも、人間の宿命の連環が見事に結びついてくる。

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隅から隅まで丹念に意識の行き届いた、完全無欠なアートワークにクリエイターとしてのチャン・イーモウの徹底したリアリズムを感じさせられる。ここまでの世界観を創り出せるのは、アジアではチャン・イーモウと押井守くらいのものではないだろうか。世界観へのこだわりと執着が過ぎて、キャラクターやストーリーの造型が多少おざなりになっている感じは特に共通している。

 

チャン・イーモウが描きたかったものは何か。それは彼の作品を見ていれば、自ずと見えてくるものなのだけれど、母国が忘れ去ろうとしている古代中国特有の美意識やアイデンティティだ。たんに古めかしさへの憧憬や懐古主義ということではなくして、新たな解釈と現代的な感覚で中国人的美意識を蘇らせることによって回帰を促し、新たなアイデンティティを浮かび上がらせようとしているのだと思う。

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そういう意味では紀里谷和明なんかに共通した問題意識に根付いた作品なのだけれど、今や日本が喪おうとしている映画の可能性やクリエーションを感じさせる壮大な実験作になっていると思う。是非ご興味のある方は劇場で観ていただき、ともに語らいたい次第だ。

 

チャン・イーモウの世界

チャン・イーモウの世界