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柔術ビギナーが最初に取り組むべきことは何か? ~グレイシー的指導論~

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グレイシー柔術には体系化されているものだけで600以上の技術が存在し、現代ブラジリアン柔術には1000を超える技があるとされ、今なお日進月歩で新たな技が更新され続けており、その数は増える一方だという。

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柔術をはじめたばかりの初心者が最初に直面するのが、どういった技術から集中的に学んでいくべきか、どのポジションに注力するのが効率的なのかという問題だ。では、そもそも柔術にはどんなポジションが存在して、どのように分類することができるのかということが、技が無限に存在するだけに指導者によって千差万別で、明確に言語化されていないという共通課題が今の柔術界には横たわっている。柔術の知識体系が膨大すぎて、柔術ビギナーの前には厳然と壁が立ちはだかっているのだ。

 

日本においても長年うまく言語化されていなかった柔術の技術体系の全容を、理論的な指導に定評がある、ねわざワールド代表の大賀幹夫氏が『寝技の学校』という画期的な教則シリーズを上梓したことによって、「引き込み」、「抑え込み」、「絞め技」、「関節技」という高専柔道出身らしい解りやすい切り口が根付いたものと考えられる。だが、この分類でさえも万能ではなく、最近のモダン柔術の潮流においては上記の分類にうまく収まりきらない技術も出てきている。

頭とカラダで考える大賀幹夫の寝技の学校 関節技編 (晋遊舎ムック)

頭とカラダで考える大賀幹夫の寝技の学校 関節技編 (晋遊舎ムック)

 

 

そもそも柔術のルーツはエリオ派とカーロス派に大別されるが、この二派においても考え方や指導方針は極端に異なる。カーロス派の総本山であるグレイシーバッハの実質的指導者、マーシオ・フェイトーザは「優れた柔術家になりたいのなら、少しの技を完全に使いこなせるよりも、間違いなく数多くの技を学ぶことが大切だ」と語っている。これに対して、グレイシー柔術の現当主であるヒーロン・グレイシーは、柔術の本質を「サバイブ(生き残り)」であるとした上で、そのダイナミズムを「ディフェンス」、「エスケープ」、「コントロール」、「サブミッション」の4象限で説明する。

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エリオ派の真正グレイシー柔術を教えるアカデミーが希少な日本では馴染みのない、この4象限については少々説明が必要だろう。そもそも柔術における「ディフェンス」や「コントロール」という抽象的な概念が何を指すものなのか、具体的に理解している柔術家も少ないと思うので、個別に見ていこう。なお、ヒーロンはYouTubeで『Survival Seminar Series』と題して、これらの極意を説明した動画を公開しており、昨年の来日時にもこの4象限をもとにしたセミナーを開催していた。これらのコンセプトが、グレイシー柔術の中核をなす根源的なものであることが理解できる。

 

DEFEND(ディフェンス)

防御こそ最大の攻撃だ、ヒーロンはそう語る。なぜなら柔術における防御は、その危機を脱すると一転して決定的な攻勢のポジションへ移行することが常であるからだ。その上でディフェンスには「大きい(Big)」ポジションと「小さな(Small)」ポジションがあり、さらにはディフェンスの「深さ(Deep)」というものがあって、それらは区別されるべきだと云う。大きいポジションというのは、第一段階として押さえておかなくてはならない決定的な一手やポジションにおける約束ごと、間合い等のこと。そして小さなポジションは相手がサブミッションに移行する過程で生じる細かな攻防や布石のことだ。深さとはエスケープに至る前に施す次善策の段階を示している。エスケープへと至る前にやっておくべきディフェンスが存在する、そう解釈するべきだろう。


DEFEND (Survival Seminar Series - Part 1 of 4)

 

ESCAPE(エスケープ)

日常の脅威を想定した護身術としてのグレイシー柔術で、もっとも特長的なのがこのエスケープ技術といえる。ところが多くのブラジリアン柔術家が「エスケープ」と呼ぶ技術は、得てしてタイミング的に最終局面における逃げ方を指しており、この段階、つまりディフェンス深度0(つまり、詰んだ状態)からのエスケープという状況に陥るのは愚策であり、なるべくその状況にならないようにするべきだという。そのための段階論として「ディフェンス」を最初に示し、もっとも重要視しているのだ。ヒーロンによればエスケープとは本来「クリエイト」するものだという。自分が置かれている状況を正しく認識したうえで、相手に特定の行動を促すように餌を撒いておく。そうして自らの脱出の機会を創造(クリエイト)するのだ。


ESCAPE (Survival Seminar Series - Part 2 of 4)

 

CONTROL(コントロール)

最終的に関節技ないしは絞め技で極めるためには、相手の自由を奪い、しっかりと制御下に置いた状態で仕掛ける必要がある。しかし、やはりブラジリアン柔術家の多くがコントロールすることなしに、いきなりサブミッションに移行しようとしている場合が殆どだという。しっかりとコントロールすることなくサブミッションに移行するからこそ、ポジションを失い、相手に決定機を献上してしまうことにもなる。重力、体重移動、そして細かなディテールを駆使して、しっかり相手を制御したうえで仕上げにかかるからこそ、グレイシー柔術は手順が多く複雑なサブミッションを必要としない。状況を完全に自分の掌中に入れて、相手のミスを誘う。これがアタックにおける要。


CONTROL (Survival Seminar Series - Part 3)

 

SUBMIT(サブミッション)

ヒーロンは云う。コントロール自体が勝利であり、サブミッションは相手から与えられる贈り物(ギフト)だと。しっかりと相手をコントロールしたうえで、エスケープと同様に餌を撒くことで最終的に極めの機会を「クリエイト」する。あとはエスケープの可能性を考慮しながら、相手が無条件に極めのチャンスを差し出すように仕向けるのだ。だからこそ、ロールやスパーリングの最終目的は主体的なサブミッションなどではなく、相手を完全にコントロールできるポジションへと追いやること。このような考え方に立脚しているからこそ、グレイシー柔術は実践的な護身術といえるのだ。


SUBMIT (Survival Seminar Series - Part 4 of 4)

 

以上が、ヒーロンの提唱するグレイシー柔術の基本的枠組みになる。ちょうど先日、経験豊富なグレイシー柔術家と話す機会があり、やはり「初心者は何の技術から身につけるべきか」という議論になった。当然、この御仁は最初にまず「ディフェンス」ありきであるべきだろうと答えたのだが、こうして見ると「生き残り」を至上目的とする護身術ならではの論理がよく理解できる。競技ではない「武術」としての柔術に必要なのは、脅威を「排除」することではなく、まずは脅威を「回避」する能力であり、最終的には「制御」することなのだ。

 

同じ問題への回答として、“柔術スーパーコンピュータ”の異名を持つヒクソン・グレイシー柔術の体現者ヘンリー・エイキンス*1 がつい最近、「Why It’s A Smart Idea to Develop Your Defenses and Escapes FIRST(なぜ、まず最初にディフェンスとエスケープ能力を磨くことが賢いアイディアなのか)?」と題する動画を公開し、興味深い持論を展開している。


Why You Should Develop Your Defenses And Escapes FIRST

 

ここで語られているのは、ディフェンスとエスケープ技術の熟達によって得られる心理的優位性、それによる支配的(コントローラブル)なポジションを維持する機会や可能性の向上などだが、ディフェンスやエスケープ技術は体力の消耗を可能なかぎり抑え、長い時間をリラックスした状態で動けることが最大の効用として、柔術レジェンドであるヒクソン・グレイシーの最大の武器もまた、これらの技術に精通していたことだと語られている。基本的にはエリオの思想を踏襲しながらも、よりトップポジションのキープを重視するヒクソンの真髄もまたディフェンスとエスケープ技術だった、というのは興味深い話だ。

 

ここでまとめるべき結論は、すでに示されている。まず何の技術から教えるべきか。これは各アカデミーや指導者としての思想や哲学、特色が如実に反映する部分だ。だからこそ迷う部分でもあり、人によっては答えが異なる。だが柔術の格闘技としての実用性、護身性は、そのDNAに宿っている。なればこそ、おのずと答えは見えてこよう。

 

サバイブせよ、新しき柔術家たち!

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*1:ヘンリーについては以前に『ヘンリー・エイキンスから読み解く、インビジブル柔術【入門篇】』で詳しく取り上げているので参照のこと。