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成功者たちの資本論 ~金庫番が明かす大富豪の知られざる生態~

野暮ったい個人的な話で恐縮だが、俺はプライベートバンカーという仕事柄、いわゆる成功者といわれる人たちを顧客に持ち、ずっとお金というものと向き合い、様々なニーズに対応した金融サービスを提供している。資金調達をアレンジしたり、株式や為替による資産運用、節税スキームを組んだりと、要人に繋ぐだけの簡単なコーディネート案件から高度な専門性が要求される案件までを請け負うことで、あらゆるタイプの資産家や企業家たちと接してきた。

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と同時に、将来的に顧客となり得るような、成功を志す若者や資金を必要としている起業家などに対して相談にのったり、実務支援を行ったりと、インキュベーションと云うとおおげさではあるが、人生の岐路にある人たちに向けて幾ばくかの選択肢を提供したりもしている。成功者とポスト成功者、この双方を見ているからこそ見える世界、というものが存在する。世の中には所謂「成功」ノウハウが溢れ返っていて、ポスト成功者たちを食い物にするようなコバンザメ商法がそこら中で横行している。食い物にする方もする方だが、される側もされる側でどちらの行動も健全な思考による所産でなない。

 

より良い生活をもとめて、より欲望を満たすために、人が金銭を求めるのは自然なことだ。だが、お金に対する教養を持たないままに大金を得たところで、彼の人生の先にはけっして幸福が待っている由もなく。手段であるはずのお金が目的化した結果、世の中すべての事物や事象を金額という尺度でしか測れないような物哀しい人生を歩む人たちも実際に少なくない。増殖し膨張する資本の魔力に人が魂を惹かれているかぎり、金が悲劇を生み続けるのだ。

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俺自身も過去には漠然と成功者を志していたし、だからこその失敗も経験した。自らのキャリアを年俸という評価軸でしか考えていなかったこともあるし、そういう世界に嫌気がさして、厭世家気取りで経済社会に背を向けた時期もある。でも、だからこそ「お金」というものの重要性、扱い方の本質が理解できるし、それを供給・運用する仕事を生業にして多様な人たちと出会うことに繋がったのだ。かつて吉本隆明が世界認識の方法として経済学を選び取ったように、今も様々な観点から資本主義の考察を続けている。現代に生きる俺たちはお金というものから目を背けてはならないのだ。

世界認識の方法 (中公文庫)

世界認識の方法 (中公文庫)

 

 

俺が日常的に接している資産家、起業家たちの行動は結果的に、ファイナンス理論などアカデミックな視点から見ても理に適った、合理的な意思決定が瞬時に為されていて、常に理路整然とし思考に一点の淀みがない。頭が澄みきっているのだ。だから、提案されるものに対して最初から迷いがない。決断も早い。彼らが決まって云うセリフは「シンプルに考える」ということだ。その言葉どおりに彼らの日常は実にシンプルなものだし、手がけるビジネスもシンプルに構築されたものであることが殆どだ。彼らにとっての選択は、“やる”か“やらない”のどちらかだけなのだ。結局のところお金儲けに幾つもの手段がないように、世の中の真理というのはシンプルなのだということを思い知らされる。

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そもそも世の多くの人がお金儲けということに対して大きな誤解を持っている。大きなお金を動かすには必ず取引が必要で、お金を介した取引を商売という。商売は世の中に価値を提供する、つまり提供された価値によって人に喜んでもらうことが本質なのだ。ここには必ず正のスパイラルが働いていて、表面だけ取り繕った杜撰な似非ビジネスや背徳的な商売は必ずいつか破綻するので、永続的な利益にはなり得ない。悪貨は良貨を駆逐するというが、実際のダーティー・マネーは資金洗浄にも膨大な手間とリスクがともない、市中に流通することはない。

 

様々なビジネスモデルやマーケティング手法がクローズアップされ、自称トップマーケターなる人たちが派手な宣伝文句によってネットの片隅や紙面で煽り立てているのだが、マーケティングを成立させる要素もそう多くはない。要は商品と顧客があって、多くの顧客を喜ばせられる商品を持つか、喜んで財布からお金を出してくれる顧客を見つけるかの概ね2つに一つなのだ。大富豪のマーケティングというのは、如何にレバレッジをかけて価値を享受する人の数を最大化するかということにフォーカスして頭を回転させている。

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美しいまでにシンプルな公式のなかに生きる彼らと、凡人とを隔てるものは一体なにかということが重要だが、最近になってようやくそれがはっきりと分かってきた。なんの変哲もない1本の鉛筆はよほどの緊急性がないかぎりは要らないが、ビル・ゲイツがこの鉛筆を売るとなると多くの人間が買い求めることになろう。お金や商品をあつかう「」が違うのだ。抽象的な概念を持ち出して恐縮だが、人は自分の器以上のお金を持ち続けることができないという決定的な真実がある。宝くじの高額当選者の7割が5年以内に破産するといわれるのも、器が小さいまま大金を持ってしまったがための不幸なのである。

 

では器の大きさを決めるものは何かということなのだが、成功者たちはほぼ例外なく「言葉を操る」のである。簡単に言葉を操ると云ってしまったが、言葉を操るということは非常に難易度が高い。口達者など、言葉巧みな人間を云っているのではない。そういう人間は得てして言葉に操られている。だから、言葉に重みがなければ誠実さも感じさせない。だが言葉を操ることができる人が発する言葉はとても真摯で、落ち着いた佇まいのなかに静かな炎を宿しているものだ。それは人生経験から来るものもあれば、情熱や想いによって感じるものもある。なにはともあれ言葉を従えて、適切な言葉で、適切な表現ができることが器の大きさを決めるのだ。

言霊の思想

言霊の思想

 

  

言葉をいかに扱うかでお金を扱える器も決まる。これは重大な真実だが、もう一つ、最近感じさせられることがある。それはお金というものが、目に見える「エネルギー」や「氣」の一種なのだということ。つまり、お金が「氣」の一種である以上は引き寄せるものであるということ。いきなり話がオカルト的な方向に飛躍してしまったが、これもまた紛れもない事実なのだ。お金は多いところに集まる、というのは通説として知られていることだが、お金もまた意思を持ったエネルギー体であるからこそ、このように云われ、また大富豪には信心深い人が多いという事実が存在するのだ。彼らの多くが日々、徳を積む生き方を実践しているのはその証左なのだ。

 

東洋で「」と云われるエネルギー体は、西洋の人智学やヒーリングの世界では「エーテル体」や「アストラル体」とも云われ、生身の身体(ボディ)に纏うもの、纏い調和するものとして知られている。これは見えない世界の産物ではあるが、スピリチュアル世界に通じている人にとってはコントロールできるものでもある。そして、成功者たちはそれを明確にコントロールする術(すべ)を暗黙的にも、体験的にも体得している。それは単純な「金運」というような天任せな発想などではなく、掴みとるものであることが彼らをとおして俺には見えるのだ。 

成功している人は、なぜ神社に行くのか?

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お金がエネルギー体である以上、それは確かにPOWER(パワー)なのだ。その圧倒的なパワーの前に抗うこともできず、堕ちていくだけの人生は虚しすぎる。できることなら、そのパワーを追い風にした人生を歩むべきだろう。時の天下人、織田信長は実際の戦争における勝率では武田信玄や上杉謙信などと比較すると見劣りするほどに負け戦が多かった。しかし結果的に天下を手中にできたのは、金銭を庶民の下賤なものと決めつけ、金が宿すパワーを見誤っていた他の大名とは対照的に、そのパワーを大いに利用し支配したからだ。

 

もちろん成功者すべてが聖人君子のように、清く器が大きいわけではない。だが、しかし少なくとも自らの顧客としてお付き合いさせていただく資産家の多くは、品行方正な方が殆どで、上述したような傾向が確かに見てとれる。俺らがこれからもお金を稼ぐ、より多く手に入れていく努力をする上で大事なことは、一にも二にも彼らのように謙虚であれということをおいて他にはないのだ。それを前提にお金を引き寄せる教訓を示すと、次の3点に集約されるだろうか。

  1. 物事はシンプルに考えよう
  2. 言葉は大切に
  3. 神さまとのお付き合いも大事

 

今後もこのテーマは書いていく所存也。

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