Jitz. LIFESTYLE

アートと武術と、ライフハックと。

美学

自虐的な、余りに自虐的な…自己ベスト

実はこの記事で、ちょうど壱百記事目になる。これを読んでるあんたも縁起がいいね。文字数にして単行本で参冊分、約三年間の集大成だ。一見してなんの脈絡もないことを書き連ねているように思えるが、それなりに筋のとおった話材を提供しているつもりだ。一…

クロン・グレイシーにみる“武術”と“芸術”の関係

伝説の格闘家ヒクソン・グレイシーの息子、クロン・グレイシーが2月18日(月・現地時間)にUFCで鮮烈なデビューを飾った。試合時間たった2分06秒での一本勝ち。グレイシー柔術の基本に忠実なテイクダウンからバックテイク、そして伝家の宝刀チョークスリーパ…

魂と覚悟の写真家論 ~アーティストを志す者たちへ~

写真鑑賞論と題して写真の見方、楽しみ方を論じたり、有名写真家によるInstagramアカウントを紹介した記事を書いたので、それなりに写真好きな御仁も拙ブログに流入してこられているようだ。ただ哀しい哉、おそらく未だ多くの方がアートや芸術というものを取…

音楽の喪失は何を意味するのか ~映画『ノーザン・ソウル』~

映画『ノーザン・ソウル』を観た。何それ?、と思ったあんたが正解。『ファースト・マン』でも『THE GUILTY/ギルティ』でもなく、『ノーザン・ソウル』だ! 『ノーザン・ソウル』予告編 単館系のカルト作品で日本初公開でありながら、数少ない上映館もわずか…

写真家よ、カメラを捨てろ

録り溜めていたNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見た。いわゆる企業人や経済人のドキュメンタリーには興味がないのだが、この回はなんと左官職人の久住有生ではないか! www.nhk.or.jp もう10年以上も前にこの人が携わった建築を見たことがあって、深…

いらないものが多すぎる

ライフサイクルというものがある。人生もいよいよピークを過ぎ、折り返し地点に差し掛かって思うのは、いろんなものが削がれていく・失うことへの諦観だ。それは決して悪いことなどではなく、むしろ人生の虚飾を剥いでより本質へと向かうかの如きなり。ライ…

写真鑑賞論⑥ ~GHOST DUBBING COMPLEX~

閑話休題、ひさびさの写真鑑賞論。前回は媒体論として展示の魅力について語った。 「メディアはメッセージである(The Midium is the message.)」と、情報を伝達するメディア自体が情報であることを喝破したのは英文学者マーシャル・マクルーハンだが、写真…

天翔“技”閃(あまかけるわざのひらめき) ~「技術」の考察~

撮りためていたテレビ番組を見て、驚愕した。*1 7月に放送された『情熱大陸』の魚店店主・前田尚毅氏の回だったのだが、なんと…テレビカメラの前で「脱水」がおこなわれているではないか。 「脱水」とは鮮魚の水分量を調整することで食感を引き締め、旨味を…

「喪われたもの」の社会学

これから、とりとめのない話をしようと思う。理由は単純で、社会学者・岸政彦の『断片的なものの社会学』という本に触発されたからだ。この本はある意味で衝撃的な内容であるわけだが、どういう本なのかを客観的に説明するのは難しい。本文にそのまま物語ら…

霊性と情熱のあいだ ~映画は『森』をどう描いたか~

久しぶりに映画を観た。数年前までは単館系の映画を中心によく観ていたのだが、最近はめっきり映像作品から刺激を受けることが少なくなり、映画館から足が遠のいていた。そんな折、河瀨直美の新作が上映されているという話を聞きつけネットで調べてみたら妙…

集中力を極限まで高めるメディテーションBGM5選

社会生活を営むうえで誰にも極度の集中力を必要とするシチュエーションというのがある。それはたとえば就・転職の面接だったり、商談、高所作業、作品制作、舞台挨拶、プロポーズ…など例示の枚挙にいとまがない。そんなとき、人はどのようにして緊張を解きほ…

戦略原論 ~戦略的なるものの正体~

世の中を支配する真理みたいな、絶対的な法則性が存在するんじゃないか- 20代の頃、おぼろげながらにそう考えてた。 その真理を構成する因子さえ理解してしまえば人生の勝者になったも同然、とばかりに盲信した俺は古今の戦史を紐解いて軍事研究に勤しむよ…

improvisation ~思考の導火線~

20世紀に知的パラダイムが生み出された現場の多くは、驚くべきか“講義”の場だった。精神分析学者ラカンは学生たちとの討論によって自らの思考を深化させていったことは「セミネール」と題された講義録を見ればあきらかだし、ハイデガーやベルクソン、ヘーゲ…

築地ワンダーランド ~選び抜く生き方~

マルクスによる資本論の冒頭は、次の一文からはじまる。 資本主義的生産様式が支配している社会の富は『商品の巨大な集積』として現れ、個々の商品はその富の要素形態として現れる これだけ世の中に良い商品や他にない製品が溢れている現代。これ以上、躍起…

美食を巡る「職人」と「アーティスト」

いつからだろうか、驚くほど「食」に対する妥協を許さぬようになった。老後は自分で飲食店をやってみてえなと。そんな世間的にとてもありがちで、淡く浅はかな夢を抱くほど料理を食すことと提供することが好きになった。ちょっとでも気になる料理の噂を聞き…

視覚言語をめぐる冒険

アート(芸術)としての写真の見方というものを『写真鑑賞論』と題して連載してるんだけど。それとは別シリーズとなるであろうこの記事は、その根本となるべき「鑑賞者の身体論」とでもいうべきものを言語化してみたいという試みの序章である。 www.sandinis…

音楽遍歴も、少しだけ…

音楽についても批評を展開したいと思ってるので、俺の音楽遍歴をちょこっと書いておくよ。今までの経歴と同様に側から見れば、兎にも角にも一貫した節操のなさが俺の持ち味といえるもので、翻れば興味関心の広さが俺の人格を形成してるとも言えるから。それ…

芸術は現実を模倣する

古典芸能とジャズになぜか魅かれてしまう。以下は数年前に京都・平安神宮での薪能を観に行きたくて、仲間内で観劇ツアーを企画したのだけれど、思いのほか人数が集まってしまったため急遽用意した小冊子で、能楽鑑賞の手引きになっている。で、冒頭の一文の…