Jitz. LIFESTYLE

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ブラジリアン柔術の不都合な真実

こんなことを書いてしまうと不快に思う御仁もおられようし、おそらくアンチな輩を余計に増やすことにもなろう。しかし、今からここに記すことは、あくまで俺自身がヘンリー・エイキンス師からオンライン*1 で学んだことや、グレイシー・ユニバーシティの柔術家との技術交流やインタビューによって、自分の想像力を総動員して点と線をつなぎ合わせた論考だ。けっしてブラジリアン柔術を誹謗中傷するものではないことをご理解願いたい。

 

結論を先に云うと、現在、普及しているブラジリアン柔術はかつてのグレイシー柔術を進化、発展させたものではない。つまり、ブラジリアン柔術=グレイシー柔術でもない。グレイシー柔術をデフォルメし、世俗化したものがブラジリアン柔術だ。両者は進化論的に「分岐」したのではなく、「発生」したものであって、同じ線上に位置するものではない。こう書いてしまうと既成の事実のようにも思えるのだが、柔術家の多くが知らない真実がこれから明かす柔術の正史に潜んでいるのだ。これが理解できると、なぜグレイシー柔術は「セルフディフェンス」なのかという根源的な問いへの答えも見えてくる。それでは詳述して参ろう。

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かつてのグレイシーファミリーは、ブラジルのテラズアポレス郊外に広大な敷地を持ち、一族みんなが同じ家に住んでいた。カーロスとエリオのほか、ジョージやオズワルドなど兄弟姉妹たちとその家族が一堂に、ひとつ屋根の下で暮らしていたというから日本では考えられないような大所帯だったろう。もともと前田光世から直接手ほどきを受けたのはカーロス・グレイシーSrだが、おそらく前田は立ち技を中心とした基本的な柔道技と、古流の身体操法を教えたものと思われる。それを裏付けるエリオ・グレイシーの談話を以下に引用しよう。

-質問を変えましょう。コンデ・コマすなわち前田光世がアマゾンの港町ベレンであなたの兄弟たちに教えた柔術はどのようなものだったかを教えて下さい。そこには寝技が含まれていたのでしょうか?それとも現在の柔道に近いものでしたか?あるいは打撃にも対応することのできるバーリトゥードのようなものだったのでしょうか。

「ただの柔道さ。投げればそこで終わりの」

 

-では、寝技はなかった?

「兄たちの柔術は、日本人が教えたそのままのものだ。つまリパワーが必要なのだ。カーロスの柔術をそのまま学んだだけでは、パワーのない私が勝つことはできない。だから私は新しいテクニックを考案し、自分にふさわしい柔術を生み出したんだ。自分を守るために。」

 

-それが寝技を発達させることだった、と。

「たとえばガードポジションは私が考え出したものだ。コンデ・コマが兄たちに教えたのは、非常に限られたポジションだった」

 

-では、コンデ・コマやカーロスたちは、パスガードはしなかったのですか?

「カーロスのやっていた技のことは知らないが、彼が上にいて、私が下にいても負けないよ(笑)」

 『ゴング格闘技ベストセレクション 1986-2017』より

 

 

もともと虚弱体質だったエリオからすれば、強靭なフィジカルとスタミナを要する「寝技の柔道」とも云えるカーロスの柔術を実用として使うには、より技術と戦略を発展させる必要があった。力の弱い者が強い者から身を護るために力を要しない、そして疲れることのない生存戦略としての柔術を。そうして編み出したのが「ポジション」という概念であり、寝技を中心にした洗練された技術体系だった。自分を守ることを最優先にポジションをつくり、そして相手に攻めさせる護身術としての柔術。エリオは紛れもない天才だったのだ。

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やがて、エリオが一族の子息たちに柔術を伝授しはじめるようになった。エリオの柔術には細かな身体の使い方や手順、型など、力に頼らない人間工学的な術理が無数に埋め込まれていた。ヒクソンやホイスら実子のほか、カーウソンやカーリーなどカーロスSr.の息子たちも皆、エリオから原理を学んでいたのだ。そのなかには後に「黄金のグレイシー」と云われることになる、ホーウス・グレイシーもいた。ホーウスもまた、カーロスSr.の息子でありエリオの甥にあたる。ホーウスは強靭な肉体を持ち、才能に恵まれた“一族最強のグレイシー”となった。

 

才気あふれる不敗のファイターだったホーウスからすれば、エリオの柔術は物足りないものになってしまう。なぜならエリオが創造した技術体系は護身であるがゆえに、ほぼすべてがガードポジションからのカウンター技だったからだ。カウンターである以上は、相手が動かないことには何も仕掛けられない。手っ取り早く勝負を決するためにも、自ら積極的に仕掛けることができる柔術が必要ではないかと考えるようになり、やがてレスリングなどの要素を柔術に取り入れるようになった。ホーウス自身もレスリングの大会に出場するなど、テイクダウンやパスガードを磨き上げて「攻める柔術」のスタイルを確立していったのだ。

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従兄弟にあたるヒクソンでさえ彼には敵わず、尊敬と畏敬の対象であった。強さへの憧れは人を強く惹きつける。無類の強さを誇り、人格者でもあったホーウスに心酔する弟子たちが現れはじめた。ファビオ・グージェウやマウリシオ・ゴメス、マルシオ・スタンボスキらだ。ホーウスの不慮の事故死によって、アカデミー*2 を引き継ぐことになるカーロス・グレイシーJr.もその一人だった。彼らの台頭によって、ホーウスの柔術は一大センセーションを巻き起こした。ブラジル本国で一大勢力を築いていたカーウソン・グレイシーの一門も、ホーウスの柔術スタイルを取り入れるようになっていた。そうして「強き者たちによる柔術」が再び支配的になっていったのだ。

 

やがてカーロスJr.は、ホーウスが志向していた柔術の競技化に乗り出す。競技人口の増加を睨み、「Jiu-Jitsu For Everyone」を標榜して、柔術を全世界に普及させるべく、競技ルールの整備にともなって技術のパッケージ化を推し進めた。みんなのための柔術、誰もが取り組むことができる柔術のために、エリオが組み上げた弱者のための職人技さながらの緻密なディテールを捨て去り、柔術の根幹となる重要な部分だけをストレージ化して技を平準化したのだ。厳格に定められた手順と職人技的なディテールの習得には、膨大な時間と忍耐を要するものなので、カジュアルに競技を楽しみたい入門者を遠ざけることになってしまうのだった。

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コア部分以外の細かなニュアンスは、それぞれのアカデミーの指導者がローカライズした独自ルールやディテール、フィジカルで補う。そうすることである程度は品質を均一に保ったまま、一般人がカジュアルに柔術に取り組むことができる。カーロスJr.の目論みは功を奏し、現在も『バッハ・プログラム』と呼ばれ体系化された教育システムによって、幾人もの世界王者を生み出し続けているのだ。この柔術スタイルと教育法が一般化して現在、普及しているものが「ブラジリアン柔術」といわれるものだ。これまでの文脈からこう云えるかもしれない。ブラジリアン柔術はグレイシー柔術からカーロスSr.たちの時代の柔術に回帰したものだ、と。

*3

 

その一方でブラジリアン柔術が捨て去ったエリオのディテールを大切に保持し続け、攻める技術よりもカウンターを前提にした、攻めてくる相手をコントロールするための技術を追求し続けているのが「グレイシー柔術」だ。オープンガード全盛の時代にあって、今もひたすらにストリートファイトを想定し、クローズドガードの技術を磨き上げ続けている。かつてブラジリアン柔術が捨て去ったディテールのことを、ブラジリアン柔術家が秘伝や口伝などと呼んだりするわけだが、その実、グレイシー柔術では普通に教えられている細部のひとつにすぎなかったのだ。

 

以上が、ブラジリアン柔術家の口から語られることのないであろう柔術史の真相になる。両者を分けるものは何か。ずっと言語化することができていなかったのだが、この記事でそれがある程度は果たせた。しかし、今。一部の現役トップ選手たちの間で、自らの創意工夫によって、ディテールの重要性を再認識する動きが現れているように思える。もともとはエリオも自らの経験から組み上げたディテールなのだ。競技柔術には競技柔術の、モダン柔術にはモダン柔術のディテールがきっと内在しているはず。

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今こそネクストレヴェルなディテールを磨き上げ、柔術を次なる進化へと導け!

 

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*1:ヘンリー・エイキンスから読み解く、インビジブル柔術【入門篇】 - Jitz. LIFESTYLEを参照のこと

*2:後にグレイシー・バッハとなる。

*3:件のバッハ・プログラムは現在、オンライントレーニングとして公開されている