Jitz. LIFESTYLE

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ヘンリー・エイキンスから読み解く、インビジブル柔術【解明篇】

シーザーを理解するためにシーザーである必要はない

-マックス・ウェーバー 『理解社会学のカテゴリー』より

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(映画『イノセンス』から引用)

 

20世紀を代表する知の巨人マックス・ウェーバーが物事の理解には、行為自体を解釈する現実的理解と、行為の意味を解釈する説明的理解の2つがあり、真の解明に至るには必ずしも行為を追体験する必要はないことを示唆している。つまり、ヒクソン・グレイシーを理解するためにヒクソン・グレイシーである必要はないのだ(いうまでもなく話の本筋とはなんら関係ない。たんに云ってみたかっただけ、とゆうやつ)

 

そこで前回に引き続いてヘンリー・エイキンス教授の登場となるわけだが、ヘンリー自身が柔術の思想とコンセプトを解明するためにもっとも重要だと云っているのが、青帯へといたる道筋だ。ここで形づくられた基礎がその後の柔術人生とスタイルを決定づけるものだとしている。その基礎の礎となる理解こそがセルフディフェンスとしての柔術、バーリトゥードをとおして開発された技の哲学なのだと。そして、それらを体得するには最低でも1年以上の修練が必要だということを常々語っている。

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White Belt to Blue Beltコースは、1週間に1~3個程度の技の教則映像をオンラインで視聴し、週の最後に筆記テストをこなし次週へと続く形式になっている。ビデオは基本的に1つの技に対して、いくつかのシチュエーションと簡単なドリルによって構成され、翌週以降のビデオは視聴することができない。入会と同時にFacebookで秘密のグループに招待され、質問があればヘンリーがリアルタイムに回答してくれる仕組みだ。テストはほとんどの場合が選択式だが、まれに記述式もある。ひねくれた「ひっかけ問題」であることが常だが、ディテールの要点が問われるので理解促進の一助になり、復習にも最適な内容になっている。

※【参考資料:テスト内容】テスト結果はPDFでも出力できるようになっている。

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現在進行形でコンテンツは増え続けているのだが、最初の四半期はみっちりスタンドアップでの護身術がメインになる。当然のようにパンチやキック、頭突きなどを想定しており、あらゆるシチュエーションでの対処方法が示されていて、とにかく地味ながら本当に細かい内容になっている。もちろん、エビやUPAなどグレイシー柔術おなじみの動きも随所に盛り込まれている。なかにはジョージ・フォアマン・ディフェンスなんてのもあって、格闘技全般をよく研究したうえで開発されたメソッドであることがよく理解できる。

 

では具体的に、競技を前提にしたブラジリアン柔術と護身を前提にしたグレイシー柔術では一体なにが違うのか。長らく両者を隔てる決定的な違いを論証できる材料がなかったのだが、昨今この手の議論のやり玉に挙げられるのが、2012年にハレック・グレイシーの呼びかけのもとLAで行われたMetamorisの第5試合。ブラジリアン柔術世界王者でATOS総帥アンドレ・ガウヴァオンと、グレイシー柔術の正統継承者ヒーロン・グレイシーが対決したのだ。20分一本勝負で結果こそ両者引き分けであったが、これ以上の時間的猶予があればヒーロンが極めていたのではないかと思わせるほどに旗色は鮮明だった。


Metamoris: Ryron Gracie vs Andre Galvao (Full match HD)

 

ここで添えておきたいのが、セルフディフェンスを実践する柔術家が必ずといっていいほど語る常套句がある。曰く、自分たちの柔術はサバイブ(Survive)するための柔術だと。まさにそれを体現したのがMetamorisでのヒーロン・グレイシーだった。実はこの試合、最初から「唯一の目標は極められないことだ」とヒーロンは語っていたのだ。そして、こうも云っている。「僕は最初から何度も言っていたんだよ、ふつうの競技柔術のルールでやったらガウヴァオンが勝つに決まってるって。そんなことはとっくに認めてるんだ」と。この時点で一本を獲られることもなく、極められなかったヒーロンの勝利といえるだろう。

 

サバイブするための柔術とは具体的にどんなものなのか。直訳の如く、生き残りの柔術。その意味を紐解くと、まさにエリオ直系のグレイシー柔術が追求し続ける柔術哲学のエッセンスが凝縮されている。生き残るためには己の体力と損害を最小限にしつつ、脅威を制圧しなければならない(「排除」ではなく「制圧」というところもミソであるが、それはまた別の機会に)。そのためには絶対に疲れないような動き、身体の使い方が必要だ。疲れないためにグレイシー柔術は相手に技を出させる。そして、その変化に対して適応することが最大の特徴であり、そこには徹底して相手の反応を見る「後発制人」の思想が隠れているのだ。そうやって、知らず知らずのあいだに自らが優位に立つ。それを示すように、グレイシーアカデミーでよく使われる慣用句がある。

「自分が勝ったのではない、相手が負けただけなのだ。」

 

このエリオ・グレイシーの思想をもっとも色濃く受け継いでいるのが、長男ホリオンがアメリカで興したグレイシーアカデミーで、先述したヒーロンと兄のヘナーが現当主である。先の試合映像でもあきらかで、ヒーロン自ら「防御こそ最大の攻撃の機会」とも語っており、徹底してガードポジションに重きを置いているのが特徴だ。それに対して、ヒクソンのインビジブル柔術は基本的な思想は同じくしながらもトップポジションに重きを置いた、より攻撃的な技術体系のように思われる。とくにヘンリーが重視しているのがサイドコントロールだ。ヘンリー自身が“Dead Whale Side Control System(デッド・ホエール・サイドコントロール・システム)”と名付け、高度に体系化している。俺が石井拓氏に手ほどきを受けたのも、このサイドコントロールだった。

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直訳した「死んだクジラのように重いサイドコントロール」と云うとおり一味違った、ヘンリーの柔術体系の中核をなすコンセプトになっている。柔術におけるサイドコントロールは柔道でいうところの横四方固めに相当するものだが、通常はここからマウントに移行したり、腕十字を極めにいくのが容易で、強力なポジションであり通過点とされている。しかしヒクソンは体重のかけ方を微妙に調整することで、このポジションが抑え込みのみならず相手の体力を奪い、戦意を喪失させるのに有効な武器になることを発見した。ちょうどボトムの胸と胃にあたる部位に体重をかけ圧迫を加えることで、相手は呼吸することも困難で、抗おうものなら一瞬にして疲弊させてしまうのだ。


Henry Akins Seminar 2013 Crossside Control Rickson Black Belt

 

一見すると変哲のないサイドコントロールのように見えるが、その実、ボトム側は凄まじいプレッシャーに晒されている。ここに見えない力と称される“インビジブル”の真髄が潜んでいるのだ。実際にカリフォルニア州トーランスはグレイシーアカデミー本部に在籍していた御仁から、ヒクソンがサイドポジションをセットしただけで幾人もの人間からタップを奪う光景を目の当たりにしたという話を聞いた。また、マウントポジションにしても然りだ。前述の世界王者アンドレ・ガウヴァオンが引退後のヒクソンにマウントを取られて返せなかったという逸話は有名だが、実際にエリオ派のマウントを受けてみると単なるポジションという概念を超え、完成された抑込技として強烈なプレッシャーを受け、為す術なく完全に制されてしまう。

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ヒクソン自身がインビジブル柔術の基本コンセプトをベース戦略タイミングコネクションレバレッジの5つの要諦に集約して語っているが、上記のサイドコントロールおよびマウントに関して云えばまさにベース(重心)、コネクション(接触面)、レバレッジ(力学)の妙なのだ。それ以外になにか特殊なことをしているかといえば、言わずもがな柔術家にとってはおなじみの基本中の基本技だ。今では当たり前になったありきたりな技も、使い方とディテールを応用すれば強力な武器になることをヒクソン、そしてヘンリーも教えてくれる。まさに神は細部に宿るものなのだ。ひょっとするとあんたが軽視していたオールドスクールな基本技も、生まれた背景や今日的意義を見直すことで新たな命が宿るのではないか。ヘンリーの柔術を学べば学ぶほどに、そんなことを考えさせられる。

 

最後に多くの人が気になっているであろう問題について言及しておく。ここまで語ってきたインビジブル柔術やグレイシー柔術の技術が、ブラジリアン柔術という競技において有効なのかという問題だ。この疑問に対する回答を考えるうえでヒントになり得る、貴重な動画を牽いておこう。このほどUFC参戦が決定したヒクソンの実子、クロン・グレイシーの“育ての親”ともいうべきヒクソンの黒帯であるシェーン・ライスと、モダン柔術を切り拓いたAOJの参謀役ギィレルメ・メンデスが2010年に日本で対決したヒクソン杯の試合映像だ。余談ながらクロンの師匠筋がヘンリーであるかのようにしばしば語られるが、実はクロンをトレーナーという立場からサポートしていたのはこのシェーン・ライスだと云われている。


GUILHERME MENDES vs SHANE RICE

 

簡単に結論を述べると、ヒクソンのインビジブル柔術も旧来のグレイシー柔術も、自らの力を温存したまま徐々に相手の体力・思考力を削いでいく、状況を詰んでいくことを最上としたものなので、競技柔術における限られた試合時間の中で気力・体力が充実し、しかもフィジカルまで鍛錬された相手に抑込技を仕掛けても、5~10分の短時間では脅威にこそなれど深刻なダメージにはなりにくい。いわゆる“火事場のクソ力”が働くからだ。しかも相手の疲労を誘って、隙きができた瞬間に技を繰り出す本来のグレイシー柔術の闘い方も多くの場合が「膠着」とみなされ、スタンドアップを命じられるか下手すれば減点される。

 

動画のなかでも、さすがヒクソン門下といえるベースの強さを感じさせるシェーンだが、やはり後手にまわっているような印象を受けてしまう。グレイシー柔術ならではのお家芸たるエスケープ技術こそ神妙な輝きを放つものの、ギィの執拗に絡みつくガードワークに対し、コントロールポジションまで到達できず、攻めあぐねた印象どおりのレフェリー判定で敗れる結果となった。2つの柔術の究極的な到達目標が異なるので、競技という枠組みでは評価しづらいのだ。こうしてみると、改めて本来の柔術が専守防衛の性質のものであることが理解できると同時に、競技柔術との非親和性が浮き彫りにもなっている。

 

しかし翻って云えば、この柔術本来の性質と哲学をよくよく理解し、既に体得した自身の技を見直してみることに大きな意義があるのではないか。技を繰り出す姿勢、グリップのとり方、身体の侵入角、そういった細かなディテールや手順を工夫することで、あんたの柔術にも“インビジブル(見えない力)”が宿るはずだ。

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ここまでお読みになられた勘の良い御仁はお気づきだろう、俺が何ひとつ新たな視点を導入していないという事実に。そう、この記事は結果的に本来のクラシックなグレイシー柔術の流儀を書いているだけだ。つまるところインビジブル柔術とは、そういうことなのだ。まだまだ俺自身も修練中の身なので、さらにグレイシー柔術の秘密に迫ることができれば、この記事の続きを書くことになるだろう。続報を待て。それでは、此れにて御免。

 
 
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