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ヘンリー・エイキンスから読み解く、インビジブル柔術【入門篇】

ヒクソン・グレイシーという男に興味があった。柔術をはじめるなら、少しでもヒクソンに近づきたい。そう考えてもいた。結果的にエリオの系統ではなく、カーロスの本流であるグレイシーバッハに入門したが、今もライフワークの一環として彼の流儀を研究し続けている。

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同じ技でも掛ける人間の違いによって、効力が大きく変わることがある。柔術が「」である以上、単なる繰り返しの延長線上にある稽古では身につかない、柔術特有の身体の使い方が内在しているはずだ。そういった部分にヒクソンはフォーカスしていて、「神技」と呼べる域に到達していることは誰の目にも明らかだ。その微妙な機微こそが「技」ではなく「術」の本義なのではないか。「私の柔術は、体重の軽い者が重い者に勝つために作ったものであり、力の弱い者が、強い者から身を護るためのものだ」と語ったエリオ・グレイシーの言葉は、本来、武道が担ってきた本質をうまく物語っている。俺はそこに人間の身体の計り知れない可能性があると思うのだ。

 

そんな観点から見た、インビジブル(見えない力)を標榜するヒクソンの柔術。流派は違えど元は同じグレイシー柔術、そこまで技術体系に違いがあるようには思えなかった。ネット上の海外文献などを読み漁ったりするのだが、今ひとつ彼のインビジブル柔術の真髄が理解できない。そんなとき、ばりばり現役のコンペティターだった選手が競技柔術を辞め、ヒクソン・グレイシーの貴重な黒帯であり、“柔術スーパーコンピュータ”とも称されるヘンリー・エイキンスに師事していることを知った。その人物こそ、千葉・鹿取道場に籍を置く石井拓氏だった。

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石井氏はヘンリーの会員制オンライントレーニングを受講しているだけでなく、実際に海を渡ってヘンリー本人ともスパーリングをこなし、彼のアカデミーで幾度も練習を重ねている。日本でヒクソン直系のインビジブル柔術を体現している唯一の柔術家と云っていい。今年に入ってすかさず彼と連絡を取り、プライベートレッスンをお願いした。そこでヘンリー直伝のインビジブル柔術を体験したことが俺にとって大きな衝撃となり、ブレイクスルーとなった。石井氏から教えてもらった技を発展させる意味で、俺自身もヘンリーのオンライントレーニングを受講することにしたのだ。

 

ヒクソンは18歳で父エリオから黒帯を取得した後、90年代初頭からカリフォルニアで自身のアカデミー運営をはじめる。ヒクソンには当時2人の息子がおり、非業の死を遂げることになる長男ホクソン(クロン・グレイシーの実兄)のトレーニングパートナーとして、アカデミーに通っていたのがヘンリーだった。もともとオクラホマでテコンドーをやっていたというから、おそらく韓国系の血筋が入っているのだろう。長らくヒクソンの下でインストラクターを務め、兄弟子ルイス・へレディアのアカデミー設立にも貢献している。

 

後にヒクソンの離婚に際し、アカデミーの経営権をキム夫人に譲渡した本人はブラジルに帰国してしまう。それにともなってヘンリー自身も独立。ヒクソンから伝授されたノウハウのすべてをHidden Jiu Jitsu(隠された柔術)として体系化し、ネット上でアーカイブ化することを目的にアカデミーでの指導の傍ら、精力的にオンラインコミュニティの運営を行っている。現在、もっともヒクソンの薫陶を受けた米国人プロフェッサーとして、全米のグラップリングコミュニティから絶大な信頼を寄せられる名伯楽の一人である。

hiddenjiujitsu.com 

そんなヘンリー・エイキンスによるオンライントレーニングは、課題別・ポジション別のばら売りメニュー以外に、月額課金制のコミュニティが2つ存在する。ヒクソン・グレイシー柔術の基礎を学び、青帯取得を目指すWhite Belt to Blue Beltコース(以下、WtB)と、全米各地で行っているヘンリーのセミナー映像が参照できるMind Blown Club(以下、MBC)だ。どちらも申込の仕方によって課金形態や金額は異なるが、概ね月額60ドル程度の費用感になっている。どちらのコースも厳密に受講者数を限定しており、MBCにいたっては各色帯200人を上限としている。

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厄介なのが、2つのコースどちらも公に公募されてるわけではなく、誰もが無条件に受講できるわけでもないようだ。突如、SNSで欠員補充が告知されたかと思うと、すぐに募集が打ち切られたりもする。ページも変動していて、特定のURLに飛べば確実に申込できるというわけでもない。募集外の時期は申請フォームを送信して欠員が出るのを待つほかない。この申請フォームもクセモノで「なぜ、このコースを選んだのか」、「得意なポジションは何か」、「学んだことをどう活かすつもりか」といった記述式の設問が用意されていて、さながら面接試験のようでもあり、敷居の高さを感じさせる。

※【WtBの申請フォーム】

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2つのコースの内容についてだが、ここで柔術の「たて糸」と「よこ糸」という話をしてみたい。格闘技で強くなりたい、上手くなりたいと考えたときに2つの方向性がある、ということなのだ。まずは今以上に技を覚えてバリエーションを増やす、対応できるシチュエーションを増やすという方向性。これがいわゆる「よこ糸」。そして「たて糸」は既に体得している技の精度や練度を上げて、より特定の技の深みを目指すという方向性のことだ。

 

競技柔術は新たな技やポジションを生み出すことで相手の意表を突き、日進月歩で進む技術革新に対応していかなくては至上命題である試合に勝つことができない。それゆえ「よこ糸」をいかにどれだけ広げるかが鍵を握る。対して日常の中の脅威を想定した護身としての柔術は、瞬時に判断して行動しなくてはならないため、あらゆる場面に対応できるような汎用性の高い技術を集中的に磨き上げ、非常時の行動原則を極限までマニュアル化しておくことが最良のセルフディフェンスに繋がる。非力であっても力の強い者に対処できるような、武道的な術理を組み込んだ身体の使い方を徹底的に運用する必要もある。そういった要素が「たて糸」に相当するものなのだ。

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そしてヒクソンの柔術は、ご存知のようにセルフディフェンスとしての護身性を大前提に掲げており、「たて糸」の深さを極限まで追求した技術体系になっている。なので、どのポジションにおいても、競技者の目に斬新な技やシークレットテクニックというようなものは見当たらない。むしろ、よく見知ったベーシックな基本技の効用の最大化を追求しているので、実際に技を受けてみないことにはその精度や効用、術理が理解しにくいという特徴がある。さらには技の効用を最大化するために一つひとつのムーブやディテール、手順などを厳格に定め、忠実に再現することが求められる。要は武道における「形(かた)」と考え方は同じなのだ。

 

BJJ色帯ホルダーの多くがMBCを選択するのだが、ベーシックな基本技といえどもそのディテールはまったくの別物だと考えた方がいい。ヒクソンのインビジブル柔術を体得したいと願いオンライントレーニングを受講するのなら、迷わずWtBを選択することをお勧めする。正統のグレイシー柔術家からみれば競技柔術の技術は、乱暴で粗雑な印象を受けることが多いらしい。曰く、ブラジリアン柔術家の多くはディテールが間違っているがために、本来の技の効用が半減していると指摘するプロフェッサーも少なくない。

※【Mind Blown Clubのおもなコンテンツ内容】

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また先にも述べたように、たとえ上級者向けのMBCであっても競技柔術家にとって目新しい技、秘技などは見当たらず、いずれはWtBで履修することになる技も多く含まれている。MBCのメリットはシチュエーション別に参照できる、ということに尽きるのだ。だからこそ色帯といえど、きちんと一から手順を踏んで技術が学べるWtBで、まずはヒクソン・グレイシー柔術の理念からしっかり理解して基本技の術理を体得していくことが望ましい。グレイシー直系アカデミーでは必ずといっていいほど云われることがある。Leave the EGO at the door(エゴやプライドはドアに置いてこい)、と。

 

なぜヘンリー・エイキンスなのか。天才といわれる偉人によるレクチャーというのは凡人にとっては理解不能であることが多い。ヒクソンもまた、自身のオンラインプログラムであるセルフディフェンス・ユニットをリリースしている。しかし一流の選手が一流の監督になることが稀であるように、重要と思われるディテールをサラッと流したり、ニュアンスの問題に終止してしまう場面も少なからずあり、決して指導が親切とは言い難い。ヒクソン自身による流麗なムーブを、凝りに凝った美しい映像で見ることができるのは至福の体験で、素晴らしい内容であることに間違いはないのだが。


Learn Invisible Jiu-Jitsu under Rickson Gracie

www.gallerr.com 

ヘンリーは、そういった天才特有のニュアンス的な部分をうまく言語化する能力に長けた稀有な指導者だと云える。とくにヒクソンの柔術はグリップの握り方から体重のかけ方、力の加え方、身体の角度など、微に入り細に入ったディテールになっているので、映像を見ただけで再現することはきわめて困難な作業だ。そういった感覚的な部分を少しでも感じてもらいたいのだろう。重要な部分は繰り返し、繰り返し説明を試みている。あくまで特別な才能を必要としないことを前提に、懇切丁寧な指導方針と姿勢が評価されているのだ。とはいえ現実問題、実際に技を受けてみないことにはインビジブル柔術の真の理解に到達することはできない。究極の実用性を求めたがゆえの、武道の哀しい側面である。

 

以上、今回はヘンリーのオンライントレーニングの概要について説明した。次回は実際にWtBを受けることで見えてきた、インビジブル柔術の姿について書いてみたいと思う。この記事の原稿をあれこれ推敲していた最中、ときを同じくしてヒクソンの息子であり総合格闘家のクロン・グレイシーによるUFC参戦の可能性が報じられた。グレイシー柔術の復権を切に願うものである。

sadironman.seesaa.net

 

それでは、これにて御免。ご武運を。

 

 

*ヘンリーのオンライントレーニングを受講するなら準備段階で最低限、以下のような本を読んでおくのが有用だ。

グレイシー柔術の秘密 (ザ・プロレス本)

グレイシー柔術の秘密 (ザ・プロレス本)

 
ヒクソン・グレイシー 無敗の法則

ヒクソン・グレイシー 無敗の法則

 
スポーツで楽しむアメリカ英語 (岩波アクティブ新書)

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