Jitz. LIFESTYLE

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ブラジリアン柔術に効く『孫子の兵法』④

ブラジリアン柔術で使う「孫子の兵法」、ようやく13篇中7篇目にあたる軍争篇にさしかかった。これ以前の篇はわりと概念的で抽象的な内容だったのが、ここからはうってかわって実利的なノウハウ集になっている。しかし、さすがは孫子。たんなる教訓にとどまらない、含蓄のある普遍的な内容になっている。とくに柔術における駆け引きにも通ずる、示唆的なマインドセットが示されているのではないだろうか。

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もちろん柔術にとどまらず、人生あらゆることに応用の効くエッセンスがここには凝縮されている。あらゆる局面で勝負にこだわる御仁なら、ここに記された内容をうまく汲み取り、日常生活に活かしていただくことが可能なはずだ。ぜひ実践いただきたい。柔術家の御仁はこれを読んだうえで試合に、練習に、チームメイトとのスパーリングに実践されたし。どうか、ご武運を。

 

軍争篇

故に兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり。故に其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷震の如く、郷を掠めて衆を分かち、地を廓(ひろ)めて利を分かち、権を懸けて動く。先ず迂直の計を知る者は勝つ。此れ軍争の法なり。

原文故兵以詐立、以利動、以分合爲變者也、故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震、掠郷分衆、廓地分利、懸權而動、先知迂直之計者勝、此軍爭之法也

超訳つまり、兵法というものは敵を欺くことを大原則として、明確な競争優位を築くためにのみ動いて、臨機応変に対処することを云う。だからこそ行動の速さは風のように、息を殺して待つこと林のように、侵略することは火のように、動かないこと山のように、敵にこちらの動きをさとらせないこと陰のように、機を見て動くこと雷のように、略奪時は軍を展開し、拡げた支配地域は細やかに要衝を分散し、うまく人心を掌握して動かすことが肝心だ。遠回りが得てして近道となり、弱点が逆に長所になる。この原理を知っている者が勝つのだ。これが戦争における極意である。

 

解説:前回も再三にわたってふれた、戦国一の孫子の信奉者・武田信玄が旗印として引用したことでも有名な一節である。上杉謙信が『呉子』を、朝倉宗滴や北条早雲、毛利元就などが『六韜』といった兵法書に学び、それらがポピュラーとされた時代に忠実に「孫子の兵法」を実践していたのは信玄だけだった。孫子に書かれていることはあくまでファンダメンタルなことだ。

 

かぎりなく普遍的で、一見すると常識的な内容であるがゆえに、その教訓を守り通せる人間は古今東西多くはないのだ。それは例えば成功哲学などの自己啓発書なんかを思い起こしてもらえればわかりやすい。書いていることはそう難しいことではない。しかし実行しようとなると、途端に破綻をきたしてしまう。原理とはそういうものだ。一時的に実践することはできる。しかし当たり前のことを淡々と実践し「続ける」ことは容易いことではない。現実は字義どおりには実行できないのだ。その効用を信じて疑わず愚直なまでに実行し続けることの強さ、その孫子のドクトリン(教義)が端的に示された内容である。

 

是の故に朝の気は鋭、昼の気は情、暮れの気は帰。故に善く兵を用うる者は、其の鋭気を避けて、其の惰帰を撃つ。此れ気を治むる者なり。

原文故善用兵者、避其鋭氣、撃其惰歸、此治氣者也、以治待亂、以靜待譁、此治心者也

超訳朝の気は鋭く、昼の気はゆるみ、夕暮れ時の気は消え失せてしまうものだ。だから戦争巧者は敵の気が鋭いときは避け、気のゆるんだときや気のないときを狙い攻撃する。これが“気”をうまく操る者の業だ。

 

解説:概念的なことではなく、かなり実践的なノウハウだ。これは闘争を物理的世界だけでなく、心理的・知性的な世界観からも捉えていたからこその洞察だろう。柔術でも相手の気が立っているときはじっと耐えてミスを待ち、慢心が生まれる瞬間や油断しているときを狙って、ピンチをチャンスに変えることが心理的にも最も効果的な、グレイシー柔術流の勝ち方といえる。

 

治を以て乱を待ち、静を以て譁(か)を待つ。此れ心を治むる者なり。近きを以て遠きを待ち、佚(いつ)を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ。此れ力を治むる者なり。正々の旗を邀(むか)うること無く、堂々の陣を撃つこと勿(な)し。これ変を治むる者なり。

原文以近待遠、以佚待勞、以飽待饑、此治力者也、無邀正正之旗、勿撃堂堂之陳、此治變者也

超訳平然とした心で乱れが生じるのを待ち、静かに耐え動きを待つ。これが心理的な世界にも通じた者の妙だ。より近くで遠くの敵を待ち、心身的に充実した状態で疲れた相手を待ち、腹ごしらえして飢えた敵を待つ。これが物理的な力学を理解した者の妙だ。整然と旗が並んだ敵を迎え撃ってはならず、また威風堂々とした陣容の敵を攻撃してはならない。これが知性的に長けた者ならではの智慧だ。

 

解説:以前に『戦略考 - Jitz. LIFESTYLE』という記事でも書いたことだが、孫子は戦争を物理的な世界だけではなく、人の心理面への働きかけ、そして万物を司る超自然的なものへの作用をも重視していたことが窺える。これはオーストラリアの哲学者カール・ポパーが提唱した「3世界論」という学説に非常に近しい。つまり物理的世界、心的世界、知性的世界という3つの側面から人間は現実へアクセスできるという世界認識論なのだが、孫子の精髄はまさに多元的にアプローチして相手を完全に制して(Contorol)しまおうというものなのだ。ここでは「心」が心理的世界を、「力」が物理的世界を、「変」が知性的世界を表象している。実はかなり高度な戦略論をさらりと語っているのだ。

 

故に用兵の法は、高陵には向かう勿かれ、背丘には逆う勿かれ、佯北(しょうほく)には従う勿かれ、鋭卒には攻むる勿かれ、餌兵には食らう勿かれ、帰師には遏(とど)むる勿かれ、囲師には必ず闕(か)き、窮寇には迫る勿かれ。此れ用兵の法なり。

原文故用兵之法、高陵勿向、背丘勿逆、佯北勿從、鋭卒勿攻、餌兵勿食、歸師勿遏、圍師必闕、窮寇勿迫、此用兵之法也

超訳戦術の極意として、下から高いところに攻撃してはならない。背水の陣で逃げ場のない敵を攻撃してはならない。逃げるようにみせかけようとしている敵は何を企んでいるかわからないので追ってはならない。充実している敵を攻めてはならない。囮に食いついてはならない。撤退する敵を妨害してはならない。敵を攻囲した場合は逃げ道を空けておき、窮地に陥った敵を追いつめてはいけない。以上が敵を攻めてはならない状況やセオリーである。

 

解説:これも孫子ならではのエッセンスで重要な示唆だ。どんな闘争であっても、勝ちに乗じて攻めすぎてはいけない状況というのが存在する。得てして、そういう状況のときほど足元を掬われて、取り返しのつかない窮地に逆に追い込まれる契機にもなることを体験的に語っているのだ。何ごともやり過ぎはよくない。物事を“流れ”で捉え、かならず「猶予」や「緩衝」といった余白をつくっておくというのが中国思想の要諦でもある。このような至言が、故事などの教訓としてきちんと伝承されているからこそ古代中国の智慧は実に奥深く、懐が深いものなのだ。

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おわりに

孫子の教えをブラジリアン柔術に活かすうえで、なかなか文字情報だけでは伝わらないニュアンスというものがあるように思う。そこで今回も最後に動画をご紹介して結びとさせていただこう。ご紹介するのは稀代のトリックスターとして名高いエディ・ブラボーと、正統なるグレイシー一族の英雄ホイラー・グレイシーが2014年に夢の対決を演じたアメリカのメタモリスというイベント(2003年のADCC以来、2度目の対決になる)

 

グレイシーマニアたる拙者は個人的にホイラーを応援したいところ(ちなみに、ホイラーとヒクソンの座右の書もまた「孫子」なのである)ではあるが、ここではエディ・ブラボーに注目。得意のハーフガードで相手の攻勢を静かにやり過ごし、水面下での細かな仕掛けを施して機が熟したとばかりに反転攻勢をかける緩急のつけ方は、まさに「風林火山」の形容に相応しい。決着こそつかねど、エディには明確な戦略イメージがあったことを感じさせる見事な試合内容だった。キマっちゃってるだけのビッグマウスという不名誉なイメージを覆し、その実、したたかな策士であることを立証した歴史的な一戦。ご照覧あれ。Oss!


Metamoris 3 Royler Gracie vs Eddie Bravo - 10th Planet Jiu Jitsu Italia No Official

 

参考文献:

全文完全対照版 孫子コンプリート: 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文

全文完全対照版 孫子コンプリート: 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文

 
開かれた宇宙―非決定論の擁護

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