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ブラジリアン柔術に効く『孫子の兵法』③

ブラジリアン柔術で使う「孫子の兵法」シリーズ、第3回にしてようやく13篇中6篇目となる「虚実篇」に到達。これ以降のトピックは賞味のところ、方法論的な戦術の範疇になるので、この虚実篇が孫子の説く戦略の中で最大のハイライトといって過言ではない。

 

他の章と比べてもより難解な概念が数多く頻出するのだが、安心してほしい。今回も親切な書き下し文と原文、そして俺による超訳と解説を付記したので漢文ビギナーでも理解しやすいはずだ。今回の大枠のイメージをつかむことができれば、あんたも立派な孫子マスターだ。柔術のみならず人生というサバイバルを生き抜くための珠玉の箴言の数々。柔術家の御仁はこれを読んだうえで試合に、練習に、チームメイトとのスパーリングに実践されたし。どうか、ご武運を。

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虚実篇

孫子曰く、凡そ先に戦地に処りて敵を待つ者は供し、後れて戦地に処りて戦いに趨く者は労す。故に善く戦う者は、人を致して人に致されず。能く敵人をして自ら至らしむる者は、これを利すればなり。能く敵人をして至るを得ざらしむる者はこれを害すればなり。故に敵、佚すれば能くこれを労し、飽けば能くこれ餞えしめ、安んずれば能くこれを動かす。

原文:孫子曰、凡先處戰地、而待敵者佚、後處戰地、而趨戰者勞、故善戰者、致人而不致於人、能使敵人自至者、利之也、能使敵人不得至者、害之也、故敵佚能勞之、飽能饑之、安能動之

超訳:孫子は言った。概ね先に戦場となる地に赴いて地形を把握した上で敵を迎え討てば有利になるが、遅れて戦場に着けば地の利は敵にあるので後手に回ることになる。だから戦上手な人は相手を翻弄して、相手に翻弄されることはない。敵をうまく誘導して自分の有利なポジションに入ることができる人は、うまく相手を誘い込むことができているからである。逆に自分にとって不利なポジションに入れさせない人は、相手にそのポジションでは不都合があるように見せかけているからである。だから敵に余裕があれば慌てさせ、短期決着を狙っているのであれば持久戦に持ち込み、冷静であれば動揺させるということができるのだ。

 

解説:将棋やチェスなど運などに左右されず合理的に必ず勝敗が決する勝負ごとを経済学的にはゲーム理論で「二人零和有限確定完全情報ゲーム」というのだが、これらのゲームはわずかに先手が有利になる。柔術も実はこの「二人零和有限確定完全情報ゲーム」に分類できる。ということは、自ら積極的に先手をとって状況をつくっていくことが勝利への近道になる。先手をとるためには相手よりも早い判断が必要で、早く判断するためには早めに行動しておくことが必要だ。そういった行動で相手が嫌がることをして常に先手を取り続けることが可能になる。

 

其の趨かざる所に出で、其の意わざる所に趨く。千里を行きて労せざる者は、無人の地を行けばなり。攻めて必ず取る者は、其の守らざる所を攻むればなり。守りて必ず固き者は、其の攻める所を守ればなり。故に善く攻むる者は、敵其の守る所を知らず。善く守る者は、敵其の攻むる所を知らず。微なるかな微なるかな、無形に至る。神なるかな神なるかな、無声に至る。故に能く敵の司命を為す。

原文:出其所不趨、趨其所不意、行千里而不勞者、行於無人之地也、攻而必取者、攻其所不守也、守而必固者、守其所不攻也、故善攻者、敵不知其所守、善守者、敵不知其所攻、微乎微乎、至於無形、神乎神乎、至於無聲、故能爲敵之司命

超訳:険しい地形から出没し、思いもよらない場所に進出する。千里の道のりを行軍しても疲れないのは、行軍しているのが敵がいない場所を行軍しているからだ。攻めて必ず陥落できるのは、敵の守備が手薄な場所を攻めるからだ。守りが固く破られないのは、敵が攻勢を強めているポイントをきっちり厚く守っているからだ。攻めるのが巧い者は敵に守るべき場所を覚らせない。守備が巧い者は敵に攻めるべき場所を覚らせない。なんと巧みなことか、それはあたかも形のない境地だ。なんと奇跡的なことか、それはあたかも音のない境地だ。だからこそ、うまく敵の命運をコントロールしているのだ。

 

解説:「孫子」の要諦はいわゆる詭道、つまり相手の意表を衝くことにある。敵の思いもよらない行動で、敵の意図の逆を突く。これが戦いの基本なのだと孫子は説く。それが先鋭化すればするほど、ある境地に達するとしている。それが「無形」であり、「無声」なのだ。前回の記事で孫子がよく「水」のイメージを多用することは述べたが、その「水」を「水」たらしめているのが「無形」の概念であり、「無声」の概念でもあるのだ。つまり、形がなく音もない。それが孫子における究極の完成形なのだ。この「無形」の概念は繰り返し出てくる、きわめて重要なイメージだ。

 

故に兵を形すの極は、無形に至る。無形なれば、則ち深間も窺うこと能わず、智者も謀ること能わず。形に因りて勝を衆に錯くも、衆知ること能わず。人皆我が勝の所以の形を知るも、吾が勝を制する所以の形を知ること莫し。故に其の戦い勝つや復びせずして、形に無窮に応ず。

原文:故形兵之極、至於無形、無形、則深間不能窺、智者不能謀、因形而錯勝於衆、衆不能知、人皆知我所以勝之形、而莫知吾所以制勝之形、故其戰勝不復、而應形於無窮

超訳:構えの究極形は「無形」である。もともとの形がなければスパイされたところで隠すものもなく、策士に奇策を練られる心配もない。多くの者は形によって惑わされ、その根本や本質を理解することができない。人はみな自分が勝ったときの形に固執するが、なぜ勝つことができたかという本質を見失いがちである。だから同じ形を繰り返してまた勝とうとするのだが、形とは常に変わりゆくものなのだ。

 

解説:これもまた普遍的で、人生そのものに通ずる深い洞察である。形から入ろうとするのは現代人の悲しい性(さが)なのだが、2000年以上も前の人がそれを戒めているというのもまた感慨深いことだ。ただ、ここで注意しなくてはならないのは基本となる「型」をきっちりと理解し実践していなければ、「無形」の境地には至ることができないということだ。ここで戒めていることは、要は「柔軟性」を持つ必要があるということ。特定の人に対して特定の極め技がきまったからといって、それに固執するあまりにもっと違う可能性を逃してはいないだろうか。執着は視界を狭くしてしまうこともある。

 

夫れ兵の形は水に象る。水の形は高きを避けて下きに趨き兵の形は実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて流を制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に兵に常勢無く、水に常形無し。能く敵に因りて変化して勝を取る者、これを神と謂う。故に五行に常勝無く、四時に常位無く、日に短長有り、月に死生有り。

原文:夫兵形象水、水之形、避高而趨下、兵之形、避實而撃虚、水因地而制流、兵因敵而制勝、故兵無常勢、水無常形、能因敵變化而取勝者、謂之神、故五行無常勝、四時無常位、日有短長、月有死生

超訳:用兵は水のようにあるべきだ。水というのは高いところを避けて低いところへと流れていくもので、軍も敵の実(厚いところ)を避けて虚(手薄なところ)を衝くものなのだ。水は地形によって流れをつくるものだが、軍もまた敵の状況によって臨機応変に戦術を変え勝敗を支配するべきだ。だから戦いに決まった状況やパターンなどがないように、水にもこうあるべきだという形などはない。敵の情勢に合わせて戦況を変化させ勝利を引き寄せる者を「軍神」ともいう。五行(木、火、土、金、水の五元素)において絶対的な存在はなく、四季は常に移り変わるし、季節に応じて1日の長ささえも変わり、月にも満ち欠けというものがあるのが世の常だ。

 

解説:実に深い内容といえる虚実篇を締めくくるに相応しい、凝縮した一節だ。前半は「水の低きに就く如し」という孟子の思想をも取り込み、後半では古代中国の自然哲学である陰陽説と対をなす五行思想を色濃く反映した、「もののあはれ」の詩情溢れた見事な文章となっている。この孫子の用兵の思想をもっとも上手く用いたのが戦国最強の大名として名高い武田信玄だ。風林火山の4文字で表現するように拙速を重んじ、調略などによる心理戦を積極的に活用し、状況によって戦術を変えることで決して同じ戦い方をすることがなかった。柔術においても状況を冷静に見定めつつ、相手のポジションとパターンに応じて攻め手を変える柔軟性こそが勝利への鍵となるのではないだろうか。

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おわりに

以上、今回の「虚実篇」はここまで。この篇での最大の勘どころは、なんといっても「水」のイメージだろう。この「水」に関する概念はどうも柔術と相性がいい、朧げながらに柔術をはじめた当初から感じていた。黒帯の人とスパーリングして、スクランブルのすえに気づいたらバックをとられて身動きできずにチョークを極められた、なんて経験があんたにもあるだろう。

 

そんな、よどみなく流れる「水」のような柔術が今の俺が目指すべきスタイルといってもいい。あんたもぜひ孫子を学んで自らの柔術に取り入れてみてほしい。このシリーズ、まだ続く。押忍!

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※余談ながら、ブラジリアン柔術の中興の祖といえるグレイシー一族の従兄弟にあたるマチャド兄弟の次男、ホジャー・マチャドの柔術スタイルは水のような流麗さから「ZEN」スタイルと呼ばれているらしい。俺を含めたSunTsu柔術家(スンツゥーと発音する。「孫子」の英語表記)は、彼の柔術に学ぶべきものがあるかもしれない。


Roger Machado BJJ Technique | Spider Guard Sweep #2

 

全文完全対照版 孫子コンプリート: 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文

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信玄の戦略―組織、合戦、領国経営 (中公新書)

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