Jitz. LIFESTYLE

アートと柔術と、ライフハックと。

グレイシー柔術考 ~セルフディフェンスの美学~

本稿は連載2回目の記事ゆえ、ここに不時着された御仁は1回目の記事からお読みになられよ。

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グレイシー柔術の真の姿に迫るためにその成り立ちを検証しつつ、大胆な仮説を代入することで欠落部分を埋めながら軌跡を辿ってみよう。なにせグレイシー柔術だけではなく、オリジンであるはずの前田光世の半生も謎が多く、その生き様の全貌さえもはっきりとはしていないのだから。

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禁断の興行試合を世界各地で敢行したことで講道館を追われる身となった柔道家・前田光世が日本政府の移民政策に乗じてブラジルにやってきたのは20世紀も初頭。北部のパラ州で日本人コミュニティ建設のために尽力していたという。困窮した生活でありながら、前田は折りにふれて柔道のデモンストレーションを行っていたらしい。そんな前田らに好意的に協力したのが、かつてアイルランド移民として同じ境遇から財を築くことに成功した地元の名士、ガスタオン・グレイシーだった。

 

政財界にも太い繋がりを持ち事業家として大成功していたガスタオンは、前田ら奇特な東洋人を不憫に思い、惜しみない援助を施したのだろう。その恩義に報いるため、前田はガスタオンの息子カーロス・グレイシーに柔術を教えることになる。なぜ柔道ではなく「柔術」だったのかについては諸説ある。講道館を破門された身である前田が、師・嘉納治五郎が興隆した「柔道」という名称を道義的に使えなかったというのが通説だが、ここでは違う可能性から真相を探ってみたい。

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なぜ、グレイシー柔術は「柔術」なる名称なのか。前田光世がカーロスに教えたのは柔道ではなく古流の柔術だったのではないか、というのがここでの大きな問題提起だ。嘉納治五郎は自らの流派である「柔道」を興す際、いくつかの古流柔術の術理を組み込んでいたのは有名な話。大変な柔術マニアであった嘉納は、各地に伝承される様々な古流柔術を日常的に見聞していたはずだ。かつて轟祥太、佐村嘉一郎らと「講道館三羽烏」とも謳われた前田も、それらを嘉納師範とともに見聞していたと考えて不思議はない。

 

殺法である古流柔術の技を見聞することで独自に術理を体得してしまった前田は、それらを使ってみたくなった。それらが講道館柔道をも凌駕する、あまりに危険な技であったから同門相手に使うことはできない。だからこそ嘉納が禁じた興行での他流試合を熱望するようになり、日本を飛び出して世界を転戦するようになったのではないか。そして、前田はカーロスにそれを教えた。しかしカーロスは世話になった恩人の息子である。品位ある事業家の跡取りに危険な殺法を教えるわけにはいかないので、前田がカーロスに教えたのはおそらく古流柔術に伝わる活法だった…と考えると、いろいろと筋がとおるのだ。

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柔術は「活殺自在」と言われるとおり、活法は殺法と表裏一体をなす概念で、古流柔術はかつて戦国時代に生まれた近接戦闘の殺人術がもとになっている。人を死に至らしめる技を追求するには人体の構造自体に精通しておく必要がある。人体構造や生理反応に理解があると必然的に人を活かす術にも長けてくるのは道理で、江戸から明治時代にかけては柔術道場に接骨院が併設されているのが一般的だった。ここに現在でいうところの柔道整復師のルーツがあるのだ。『北斗の拳』が好きな人は、もともとは殺人拳の使い手であったはずが死期が迫ると人々を治癒しはじめたトキを思い出してもらうとイメージしやすいだろう。

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実のところ前田がカーロスに直接教えていたのは、1年強というわずかな期間だけだったようだ。1年という時間はあまりにも短い。教えられることにもかぎりがある。前田は明日のわが身さえ知れない境遇。いつ指導を打ち切ったとしても歯切れがよく、悔いのないように、丁寧に自らのエッセンスの基本部分だけをカーロスに移植したのではないか。自分がいなくともカーロスの意思次第で技を発展させられるように。そう考えると、前田は柔術に伝わる古(いにしえ)の体捌き(たいさばき)や崩しといった身体操作、体術の極意をカーロスに伝授していた可能性がある。

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例)柔道の体捌き

 

古の体術とはどのようなものだったのか。現代では信じがたいものではあるが、下の写真は昭和14年頃に山形県酒田市で撮影されたものだ。「五俵かつぎ」と題されたこの写真、一俵は60kgだから都合300kgの重さになる。担いでいるのは普通の農婦である。農業が主たる産業だった日本では、このような農村の光景は日常のものだった。日本医学界で活躍したドイツの医師ベルツによれば、東京から日光まで当時は馬で14時間かかる行程も、1人曳きの人力車が14時間半ほどで行ってしまったという逸話を残しており、戦前の日本人の身体能力、とりわけ足腰・体幹の強靭さは今では考えられないほど発達していたようだ。

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つまり前田がカーロスに教えたのは、このような中世の日本人が自然に体得していたであろう身体の使い方や身のこなしだった…と考えると、ヒクソン・グレイシーがかつての柔術の姿を復古しようと取り組んでいるセミナーの指導内容も腑に落ちるし、頷ける話なのだ。動画の冒頭のセクションはまさに、絶対に崩されることのないベース(姿勢)のとり方を享受している。上の「五俵かつぎ」の写真と下のヒクソンによる「ベース」の写真を比較して見てみると、驚くほど酷似していることにお気づきいただけるだろうか。


Rickson Gracie workshop in Tokyo 2018

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このような身体操作や体捌きを軸にして日常の脅威に立ち向かう術(すべ)としての護身術の形へと昇華したものが“セルフディフェンス”を至上命題とするグレイシー柔術の体系ではないか。現代の日常生活では使われることのなくなった、古の身体操作をベースにすることで俺らが生きる利便社会とは対極の、人類本来の身体性が覚醒するようにカーロスは技術体系をつくり上げたのではないか…というのが、ここで提示したい大きな仮説の趣旨だ。勘のいい読者はお気づきのことと思うが、人類本来の身体性を覚醒させることで体の健全性を高めることが柔術における「活法」の極意でもあるのだ。

 

ここでカーロスの息子、カーリー・グレイシーに師事していた平直行の見解にふたたび目を向けてみよう。以前、Web雑誌の連載で次のように語っていたのでそのまま引用しておく。

「覚えたスタンドアップを定期的にやれば体に良い。スタンドアップの隠れた意味が見える。スタンドアップは適度な護身に役に立ち、体を健康にそして強靭にするのにとても役に立つ。」

 

「実際にグレイシー柔術のスタンドアップ(護身術)には考えられる全ての状況、ポジションの守り方と反撃の仕方がある。前から襲われた場合、横から襲われた場合、後ろから襲われた場合、掴みかかられた場合、殴りかかられた場合、蹴りかかられた場合。グレイシー柔術のスタンドアップには全てがある。」

 

ここまでの仮説を検証するため、2003年に刊行されたホイス・グレイシー著「ブラジリアン柔術 セルフディフェンステクニック」を取り寄せて読んでみた。おどろくべきことに今は絶版のこの本の中には、あのヒクソンがくどいほど強調していた基本姿勢について記述されているだけではなく、グレイシー柔術における打撃まで言及されている。そう、意外にもグレイシー柔術には打撃も存在していたのだ。前田がカーロスに伝授したものが柔道でなく真に「柔術」だったとすると合点がいく。元来、古流柔術には「当て身」と呼ばれる打撃の体系も存在していたのだから。

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ブラジリアン柔術 セルフディフェンステクニック

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かつてバーリトゥード・ジャパンやPRIDEで目の当たりにした、あの奇妙なヒクソンのファイティング・ポーズはまさに純正のグレイシー柔術におけるスタンドアップだった。不可思議なほど後傾に仰け反り、突っ伏しただけのように思える両腕。極端なまでに狭いスタンス。既存の打撃系格闘技ではまず考えられない構えなのだが、当然ここにはグレイシー一族がその歴史の中で培ってきた意図が介在していたはずで。結局のところ俺らは寝技の技術ばかりに心奪われて、その本質たるセルフディフェンス としての側面やスタンドアップの意味をいつのまにか軽視してしまっていたのだ。

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ここで事実関係を整理しておこう。前田光世はカーロスに日本古来の身体操作法を古流柔術をとおして教えた。おそらく教わった内容はスタンディング(立ち技)と簡単な投げ技までだったのだろう(後にエリオがカーロスの柔術を「パワーを必要とする柔術」とも表現している)。しかし人間本来の身体性を呼び醒ます"活法"としての側面から柔術に魅せられ、カーロスはその生涯をかけて柔術に取り組むことを決意する。そして徹底的に身体操作を研究し、それを護身術の術理の中に組み込んだ。

 

数秘術など神秘主義に傾倒していたカーロスは、次第に柔術におけるマインドセットやグレイシーダイエットによる健康管理法を開発するようになる。そこへ「弱者の戦略」としてのガードポジションを発明し、高度な寝技の技術を持ち込んだのが実弟のエリオ・グレイシーだった。そして今、ヒクソンは再び柔術の流れをカーロスが追求したものへと引き戻そうとしている…

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このような仮説を持つにいたった背景は自分自身の実感がなにより大きい。日常的に通わせていただいているグレイシーバッハでは、伝統的にレッスンのいちばん最初に護身術の技を練習する。そしてグラウンドテクニックへと繋げていくのだが、やはり最初にスタンドアップの護身術をやることで精神的に無駄なものが削がれ、無理のない動作なので身体的にリラックスもできる。

 

反復的に身に付けていくことで、様々なシチュエーションにおける身体操作が潜在意識に擦り込まれる。すると精神面で優位が生まれ、それが日常にフィードバックされて健康的な身体になる。他者との関わり方も変わる。実際に俺の場合、アラフォーになった今が一番、身体感覚的に研ぎ澄まされて動けているようにさえ思える。こうしてその成立過程から見てくると、つくづくよく考えられた体系になっているのだ。

 

グレイシー柔術とは何なのか-前回の記事から続く核心的命題が、その成立過程を紐解いたことで朧げながら本質が見えてくる。グレイシー柔術がやることは相手が今どのポジションにいて何が出来るのかを知るということ。ポジションによって有効な技も変わるから、ポジションごとにそれを無効化するテクニックを身につける。こうした側面をヒクソンら一族は"戦略"というキーワードで表現している。

 

だからグレイシー柔術は技自体にフォーカスするのではなく、相手との向き合い方にフォーカスする。相手や自分が置かれている状況と正しく向き合うために必要な身体性や精神性、それこそがグレイシー柔術の精髄なのではないか。これが現段階でたどり着いた結論だ。

 

グレイシー柔術をめぐる脳内旅行、いずれまた何処かで。

 

海を渡った柔術と柔道―日本武道のダイナミズム

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yawara―知られざる日本柔術の世界

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