Jitz. LIFESTYLE

アートと柔術と、ライフハックと。

improvisation ~思考の導火線~

20世紀に知的パラダイムが生み出された現場の多くは、驚くべきか“講義”の場だった。精神分析学者ラカンは学生たちとの討論によって自らの思考を深化させていったことは「セミネール」と題された講義録を見ればあきらかだし、ハイデガーやベルクソン、ヘーゲルのみならず、ドゥルーズやフーコーといったポストモダンの旗手たちも同様に講義に情熱を注いだ。

 

なかでも講義の場で壮絶な知的格闘を繰り広げ伝説のように語られるのが、大哲学者ウィトゲンシュタインだ。彼の講義は完全にアドリブだったらしい。なんの準備もせず講義に臨み、「では前回の続きを考えてみよう」といっては時に苦悶の表情を浮かべ、時には歯を食いしばり1時間ほど黙り込んで思考してしまうこともしばしばだったとか。知が生成される現場を身を呈して学生たちにリアルタイムで見せていたわけだ。

 

日本を代表する知性、小林秀雄も知ってか知らずかウィトゲンシュタインのような即興の傾向が強かった。新潮社に彼の講演CDが残されているので確認することができるが、冒頭からしぶしぶ講演を引き受けた経緯をぐちぐちと語りはじめ、不意に「今日は何の話をしようかねえ」と考え出す。おもむろに「う~ん」と呻いたりしながら他愛もない雑談をはじめたかと思うと、しばらく喋ってまた考え込むといった様子がそのまま収録されているんだけど、偉大な哲学者や批評家というのはほぼ例外なく即興的で話がおもしろい。

小林秀雄講演 第1巻―文学の雑感 [新潮CD] (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 1巻)

小林秀雄講演 第1巻―文学の雑感 [新潮CD] (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 1巻)

 

  

人がなにかを語るということは「もうわかっている」ことを出力するためではなく、「まだ知らないこと」を知るためである。つまり、人の話を聴くという行為はその人の頭の中にある考えを知るためなどではなく、自分が何を言いたいのかをまだ知らない人が口を開くその現場に立ち会うということでもある。本来的にこれから語られるであろうことは、そのことを語りつつある本人もまだ知らないことであるはずだからだ。だからこそ俺らは暗黙のうちに座談の名手が語ろうとしていることに魅惑され、心動かされたりもする。

 

真に批評的で創造的な言葉は対話的なものである。内田樹は著書『態度が悪くてすみません』の中でこう言っている。

そこには「これから何を言おうとしているのかをまだ知らないで話し始める」人と、「これから何を聴き取ることになるのかまだわからないけれど、それが『私がまだ知らない私についての知』であることを直感している」人の二人が立ち会うことが必要です。その条件が満たされたときにのみ、批評は生成的なものになる。

 

このような<主体><客体>の相互作用的なプロセスによって思考を深化させることができる。つまりは自分について知りたいと思うことは他者を経由してしか入手できないものなのだ。だからこそ古代ギリシャ哲学はそうした問答によって発展を遂げ、プラトンの知的格闘の軌跡も『対話篇』として今に残されている。そうやって<他者>との対話から新たな言葉が生まれ、他者の言葉の中に<自己>を見る。語ることで、生成された言葉の中に新たな<自己>を発見したりもする。そうして思想は生成されてきた。

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証拠を示し、根拠を示し、準拠を示し、自らの立言が正しいことを堂々と語ること。それこそが雄弁術であり、雄弁に「語る」ということが哲学的かつ政治的な論証そのものの純然たるアートたらしめる。このような創発的な知的生成の場というのは対話する相手やフィーリング、タイミングなど多分に偶発的な事象の中から突如立ち現れる。まるで霧の中から生じた一筋の光芒に照らさらたかのように。

 

すべてが刹那的で偶発的な事象ではあるのだけれど、そこにはそこに至る確かな必然性が潜んでいて、他者と対話するという行動なくしてそれらが現れることはない。それはまた、人間の本質が既に決定された物事を繰り返しうるという現実に対するアンチテーゼとしての"improvisation(即興)"の美学であり、予定調和からは何も生まれないということでもある。だからこそ、意図せずして「あっ、なんか俺いいこと言ってるよな」って瞬間があんたにもあるはずだ。

 

何が言いたいかというと、合理主義にもとづく西洋的な「目的手段アプローチ」の発想からはこのような美学を理解することはできないし、ときに不合理とも思えるアナクロな手段が意外な発展性を生むこともある。なんにせよ創造的な<他者>との関わりを大事にしつつ、タラタラしてないで言葉にならない言葉で語り合おうよって話。俺もくだらんこと書いてる場合じゃねえな(笑)。

 

知は即興のなかに宿る。それではまた、Adiós, amigo

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