Jitz. LIFESTYLE

アートと柔術と、ライフハックと。

写真集『Songbook』/Alec Soth

去年見た中でのベスト写真集は?と問われれば、迷いなく挙げる1冊がある。世間的に大変な評価を受けている時代の寵児による作品集ではあるのだけれど、<彼>について多くを知っているわけではないし俺は熱烈なファンでもない。むしろ<彼>が何を表現しようとしていて、何故に評価されているのかさえ実はよく解ってない。

 

この写真集は多くの愛好家にとってもそうであるようで、それについて語られた文献や記事もまた著しく少ない。だから、いったい俺が<彼>の作品についてどれだけ多くを語り得るというのだろう。しかし、<彼>の作品には見る者を捉えて放さない独特の引力を宿している。語らずにはいられないのだ。

 

その<彼>とは写真鑑賞論の記事でも取り上げたことがあるアレック・ソスのことで、去年のベスト写真集とは彼の『Songbook』だ。アレック・ソスといえばやはり処女作『SLEEPING BY THE MISSISSIPPI』を抜きにして語れない部分があり、そこらへんから今回は書いていこうと思う。俺はアレック・ソスをよく理解していないと前述したけども、『SLEEPING BY THE MISSISSIPPI』の時点では大いに共感し理解したつもりになっていた。

 

アメリカという大国は広大すぎる多民族国家であるがゆえに、州によって文化が異なれば政治情勢もまるで違う。国は一つであっても複数のStateによる連合体であり、複合的アイデンティティによって形成された分裂症的国家なのだ。在住している、もしくは隣接している州のことは理解できてもそれ以外の州のことまでは把握はできないし、まるで違う国のようでもある。だからこそ、アメリカに生きる若者は「国家とは何か?」や「民族とは何か?」といった(青臭い)逡巡や倫理的命題にぶちあたった時、自らの存在意義を求めて旅に出る。それはもはやアメリカ人の遺伝子の中に組み込まれた「衝動」であり、特有の「フロンティア精神」といっていい。

 

若者が旅をするというお決まりの設定は文学や映画の世界では馴染みがあるけど、アメリカにおいては1920年代のヘミングウェイやフィッツジェラルド等による『ロスト・ジェネレーション』に始まり、1950年代のジャック・ケルアックに代表される『ビート・ジェネレーション』、1960年代後半の『ヒッピー』ムーブメントなど、現実に「旅する若者」がひとつの文化の象徴として捉えられている。この系譜の上にそのような「衝動」に駆られたアレック・ソスも位置していて、彼はアメリカ中央部を南北に流れるミシシッピ川をキーにして「旅」に出たのだ。

 

アメリカというとニューヨークやLAなど、とかく東西の沿岸都市を中心に語られがちでミシシッピ流域の中央部について言及されることは皆無に近い。しかし、そんな社会の外縁部も都市部からは及びもつかない複雑な文化と背景があるのだ。それを鮮やかに活写し詩的に映し出したのが『SLEEPING BY THE MISSISSIPPI』だった。詩的であるがゆえに、その眼差しはシリアスで、ときに“孤独”をも感じさせる冷徹な目でさえあった。

 

そこから『Niagara』など数冊の写真集を経て今回の『Songbook』へと至るのだが、ここで言及している2冊を見比べてみると明らかに毛色が異なる。もちろん計算され尽くした構図と美しい余白による美学は健在ながら、シリアスで冷徹な視線だった処女作から、僅かばかりのユーモアさえ感じさせるコミカルさで、人間への深い愛情さえもありありと感じさせる視点へと変貌を遂げている。加えて“孤独”や“疎外”といった要素を強く感じさせる作風だったものが一転、今作では“繋がり”が強調されているのだ。

 

2012年から2014年にかけてニューヨークからシリコンバレーへと横断しながら、各州に存在し独自の文化が形成されているコミュニティの人々を撮影した作品を再編集して1冊にしているので、アレックはこの写真集で明らかに前作までとは異なった世界観を構築しようとしている。しかし、その世界観を以て何を表現しようとしているのか、作風の変化が何を象徴しているのか。「謎」が「謎」を呼び、よりこの写真集への引力を強めるのである。

 

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まず、この大いなる謎を解く鍵は『Songbook(歌集)』というタイトルに従属するかのように散りばめられたアメリカの古い歌謡曲の断片的な歌詞テキスト。そして従来までの鮮やかな色彩を排したモノクロ写真。さらには古き良き時代へのノスタルジーを感じさせる被写体などをいくつも登場させている。これらは一体何を意味するのだろうか。あきらかにアレックは時間の感覚を歪めようとしている。収められた写真はいつの時代に撮られたものなのか、本当に現代の写真なのだろうか。こういった錯覚を起こさせるように、巧みにアレックの術中に誘導されているのである。

 

さらには時間だけでなく空間自体を歪めた作品も見受けられる。時空間の歪み、というとなにやら特殊相対性理論的な話になってしまうのだが、ブレーンワールドモデルの「われわれの住む4次元時空は、重力だけが伝播できる5次元時空中の膜のような4次元断面である」ということを立証しようとしているのだろうか。謎はさらに深まる。

 

謎を解く鍵2つ目。真性のシリアスフォトだった前作までの路線から今作では「フィクション」、つまりは少なからず演出が多く見受けられる。演出が見受けられるということは被写体に作家の意図が介在していることを示す。何を目的として演出を施しているのか、そこにはどんなメッセージが込められているのか。それらの写真は何を意味するのだろうか。あきらかにアレックは演出によって観る者に大いなる謎かけを仕掛けているのだ。

 

アレックは一体この旅で何を見出したのか、われわれに今何を伝えようとしているのか。考えれば考えるほどに視覚の魔力から抜け出せなくなる。ひょっとするとこの「謎」こそが写真集を貫く中心的なテーマかもしれない、次第にそう思うようにもなった。考えたところで真理はないように、アレックは確たるメッセージを用意していないのかもしれない。ひょっとするとこうした読み解き自体を疎外しているかもしれない。ただその不思議な感覚に浸ること、それ自体がこの写真集の楽しみ方かもしれない。なんとも思索的で奇妙な体感の写真集なのである。

 

それにしても収められたモノクロ写真のなんとも美しいこと。印刷品質もまた素晴らしい。

 

Adiós, amigo!

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