レンズの詩学

The Art Of Surviving Life , and Wisdom

私の履歴書①

世の中は金だ。金が悲劇を生む。

NHKドラマ「ハゲタカ」より

 

金で幸福が買えるわけではないというのは、この世の真実のひとつだ。もうひとつの真実は、貧乏だと人は不幸になる、ということだが。

橘玲「マネーロンダリング」P.222より

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 生きる術としての「アート」を発信していくということを標榜してはじめた、このブログ。と言うからには俺自身が過去を語ることは不可避で、いつかまとまった形でこれまでの経緯を書きたいと思ってた。最近、新しい分野での仕事に着手することになったので、ここで振り返ってみるのも悪くないだろ。アラフォー男のかぎりなく独りよがりな独白で、つまんねー内容になるかもしれんが。スタンスを明確にするって意味でも、ちょっと我慢して付き合ってみてくれよ。

 

おおむね人間の精神構造は幼少期の性衝動に起因されるってのはフロイト先生の精神分析学の重要なテーゼで、まさにそのとおりだと実感してるんだけど、俺の場合は幼少期を海外で過ごしたことで完全に欧米型の思考様式でそのまま成長してった。まー、帰国子女にありがちな、典型的な「出る杭」で自尊心だけ高くて日本社会に馴染めない子供って感じ。そのへん、今もあんまし変わってないな。

 

当たり前のように義務教育を受けるんだけど、まったく未来のビジョンなど描くこともなく享楽的な学生生活を送ってた。そして突如、社会の荒波の中に放り出されたってわけ。ただ、漠然と自分は経済的な成功をおさめるんだって根拠のない自信だけはあった。その根拠のない自信が奏功したのか、当時にわかに脚光を浴びつつあった通信業界の大手販社に営業マンとして採用され入社半年でトップセールスを記録、瞬く間に出世した。このときの成功体験を今になって考えると周囲の営業マンと同じやり方をすることが嫌で、会社から渡されるツールに頼ることなく徹底的に独自のものを自作して、独自のターゲティングのもとに顧客を開拓して効率的に営業していたことが要因だったと思う。

 

会社でのちっぽけな成功に気を良くして、当時普及しはじめたばかりのインターネットを使っての物販なんかも副業として手がけてたんだが、こちらからプッシュするでもなく顧客が自らの意思で能動的にトランザクションしてくれるウェブという新しいツールに強烈なインパクトを受けて、やっぱりインターネットが成功の鍵を握るんだとかなり早い時期に確信を持ちはじめていた。これからの時代、営業力なんていう非効率なマンパワーに頼るより、マーケティングこそが企業活動の生命線になると確信して商社やシンクタンクなど、より専門性の高い職場を経験して独自の職能を磨いていった。

 

ひとたび確信を持った分野については徹底的に情報を集めて貪欲に吸収してしまう、驚くべき適応力がおそらく誰よりも強かったんだろう。マーケティングのスペシャリストとして次第に中小ベンチャー企業からヘッドハンティングされるようになり、より高次の待遇を提示されれば迷うことなく転職。気がつけば20代後半にして東証一部のIT企業グループで事業本部長にまでなってた。休日出勤も厭わず朝から晩まで仕事漬け、でも給料はうなぎのぼり。過分な職責を与えられ精神的には充実してたし交友関係もかなり派手だった。唯一の趣味といえたのが音楽で、たまに都内のクラブでDJとしてイベントを主催したりもした。

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この頃の関心ごとは、世の中には何か物事の成否を決定付けるような因子が存在するんじゃないかと思い至り、古今東西の戦史に始まって成功企業のビジネスモデルの研究なんかにも明け暮れていた。とくに戦史研究においては大国の覇権を巡る歴史のダイナミズムに触れることにもなり、自分は世界のことをまるで知らなかったんだということを痛感した。そして、その世界を知る方法として当時の俺なんかが選んだのが国際関係論だったりして。とりわけ地政学についてはかなりアカデミックな領域にまで踏み込んでたように思う。主義や主張なんて概ね誰かの願望にもとづくものであって、それらを超越した大きな絵図を描く道具としての有用性に魅力を感じずにはいられなかったが、反面、世の中で起こっている事象が誰かの思惑による一つの範疇に過ぎないんだと考えると、人生を謳歌しているように見える自分でさえも誰かの掌の上で踊らされているだけに過ぎないのかもしれない。精神分裂的な、一抹の恐ろしさを覚えてもいた。

 

ここまでくればあとは独立しかないとクリエイティブ業界で起業したのが30歳。企画力と経験にもとづく知見を武器に高付加価値なWebソリューションを提供しようと自らのエージェンシーを起こした。本業で稼いだ金を増やす手段としての利殖にも関心を持ち、偶然知り合った株式トレーダーから技術を教わったりして、相場における群集心理を体系的に理解するためにフロイトの著作なんかも読むようになった。

 

ところがある時、俺は一体何のためにあくせく仕事してるんだろうってことに気がついた。より大きな収入を得たところでそれを残す家族もいない。人よりも稼いで成功したなどと自己満足に浸ったところで、それに共感してくれる人間なんているはずもなく。なによりも自身の成功とビジネスを優先してきた結果、虚しさしか残ってないんじゃないかと急に我にかえった。

 

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世の中、金じゃない。金が稼げることに価値なんてない。いや、むしろ世の中のものすべてが金という尺度に還元されるこの世の中自体になんら価値もないんだ。本当に価値ある仕事を俺は徹底的に追求してやると、写真家に転身したくだりが以下のポスト。

 

www.pj2501.xyz

 

こっから先はここ3年くらいの動向になるわけだけど、字数の都合で次回に続く。ちなみにこのポストに差し込んだイメージはすべて現代写真の大家、ヴォルフガング・ティルマンスの作品。