レンズの詩学

The Art Of Surviving Life , and Wisdom

写真鑑賞論④ ~レンズが見つめる先~

そもそものアートとしての写真の定義から始めて(第1回)、写真芸術の読み解きの例示(第2回)、そして写真編集(第3回)について言及してきた写真鑑賞論の4回目。今回は表現形式としてのジャンルについて論を進めてみたいと思う。前回の写真編集も同様だが、ジャンル分けやカテゴライズというのは多分に主観を含むものであって、厳密な意味で万人が納得できる棲み分けなんてのは出来やしない。なので、多少強引ながらも俺なりに思い切った線引きをした上での話だとご理解されたし。

 

前回の記事でアートフォトと呼ばれるものにも大雑把に2つの大分類が存在することをお話した。<アート><ファッション>である。<アート>というのは作家独自の視点で見出した新たな「美」や「尺度」となるもの。対して<ファッション>というのは既存の表現形式をそのまま踏襲し、視る者自身の解釈を排除した視覚的な「ラグジュアリー(嗜好品)」のこと。両者の大きな違いは作品に思考が介在する余地があるかないかという、あやういまでに感覚的な基準しか存在しない。故に同一の作家であっても分類における越境というのは少なくない。なお消費社会におけるバリュー(価値)が圧倒的に大きいのは、後者の<ファッション>写真になる。

 

それでは<アート>写真にはどのようなジャンルが存在するのだろうか。どのような形式を以て芸術性は表出するのだろうか。それは作家が目を向けている被写体やテーマ、そして撮るシチュエーションによって幾つかの類型に枝分かれする。ここではそれぞれのジャンルにおける代表的な作家の作品とともに見ていこう。

 

①ロードトリップ

いわゆる「旅写真」のこと。ここでの代表作といえば、何と言ってもやはり1958年にパリで刊行されたロバート・フランクの『The Americans』だろう。第二次大戦の戦勝国として、資本主義の急先鋒として繁栄を謳歌していたはずのアメリカ各地を訪れ、けっしてマスメディアなどでは報じられることのなかった経済大国の虚飾と時代の閉塞感、焦燥感を外国人の視点で見事に写し撮った写真史上の記念碑的作品。「旅」というのは未知なるもの(もしくは自らの内面)との出会いをとおして、通過者に価値観の大きな変容を強いる。そういう意味では新たな「美」や「尺度」の発見が至上命題である現代アートとの親和性が高い表現形式なのだ。以前の記事でも紹介したアレック・ソスもこの系譜に連なる。

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②ドキュメンタリー

ある特定の事象を一定の時系列の中で取材した「記録写真」のこと。正統派のドキュメンタリー作品として紹介したいのが、1968年にチェコスロバキアで起きた政変、プラハの春を取材したジョセフ・クーデルカ。ソ連軍の侵攻を受け社会主義陣営に組み込まれた祖国の緊迫した状況を、密かにフィルムを西側諸国に持ち出し匿名で作品を発表することで世界に発信し続けた。その功績が認められ、1971年には世界最高峰の報道写真家グループであるマグナム・フォトに正会員として参画している。目の前で起きている現実を、フィクションを介在させずに迫ることできわめて高い訴求力をテーマに持たせることができる。戦争や政変に関わらず写真家がカメラを向ける先は実に多彩で、いわゆるLGBTの人々に迫った岡部桃や移民のアメリカ入国までの道のりを追った岡原功祐など、優れたドキュメンタリー写真家が近年国内でも現れている。

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③ポートレート

読んで字のごとく「人物写真」のこと。一言に人物写真といっても形式は様々で、ヌードなどの様式も含まれる。代表的な作家としてはダイアン・アーバスを取り上げたい。ファッション写真家として頭角を現したダイアンは、次第にフリークス(畸形者)といわれる両性具有者、小人、巨人から精神病院の収容者、ヌーディストなどの社会的マイノリティに心奪われるようになり彼らの写真を撮るようになる。被写体を等価なものとして抽象化するかの如く、すべてのポートレートを正面から強烈なストロボを焚いて撮影している。そうすることで内面性を鋭く浮かび上がらせ、社会的マイノリティたちの矜持や愛嬌ともとれるものを表出させた。が、何より彼女自身の被写体に対する深い愛情を感じさせずにはいられない。本人にも直接聞いたことがあるんだが2014年に木村伊兵衛賞を受賞した石川竜一もこの分野を得手としており、少なからずダイアン・アーバスの影響を受けている。

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④ランドスケープ

いわゆる「風景写真」のことだが、アートとして成立させるには作家の明確なビジョン(戦略)と偏執狂的なフェティシズムが必要になる。ここでは1970年代アメリカで興ったソーシャル・ランドスケープというムーブメントの流れを汲む、ニュートポグラフィックスの旗手ルイス・ボルツを挙げておく。ニュートポグラフィックスは地誌学的なアプローチによる新たな風景の発見とでも言うべき潮流で、ボルツは“開発”という名のもとに人類普遍の自然の景観を勝手気儘に変貌させてしまう文明の振る舞いを、ミニマリズムの影響も色濃く反映しながら撮り続けている。冷徹でシンプルに美しい構図の中に、どこか不穏な矛盾さえも感じさせる。日本の作家では畠山直哉小林のりおなどもこのジャンルに挙げられる。

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⑤コンセプチュアルアート

本来的には「観念芸術」とも訳される現代アートの一形態だが、ここでは狭義に思念的な「演出写真」と捉えてほしい。このジャンルでは日本が世界に誇る現代美術家、杉本博司が筆頭に挙げられる。多分に思弁的で、難解で知られる彼の作品の中でも8×10カメラで世界の様々な海の水平線を撮影した「SEASCAPES(海景)」は評価が高い。すべての水平線をまったく同じ構図の中に閉じ込め、すべてを均質化しつつも一つとして同じではない差異性。諸行無常に様々に変貌し流転する自然の風景。しかし、水平線という現象だけは悠久の時間の中で太古の昔から何一つ変化していない。大判カメラの長時間露光という習性を利用して、そんな時間の流れをも封じ込めることに成功している。ヴォルフガング・ティルマンスなんかもこのジャンルを代表する作家といえる。

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⑥私写真

文学における「私小説」と同様に作家の個人的な日常や体験、思索などを写し撮った「主観写真」のこと。やはり、この手の分野は情緒を重んじる日本人が得意とする領域で森山大道アラーキーなどがパイオニアといえる存在なのだが、あえて21世紀の写真史の流れを塗り替えたとも評価されるアメリカ人写真家ライアン・マッギンレーを紹介しておきたい。学生時代に旅をして、寝食をともにした若者たちの姿に迫ったユースカルチャーそのものが彼の被写体だ。何の予備知識もなく作品を見ると過剰にファッション的で、これがアートか?と思ってしまうんだが、若者ならではの自由な精神や向こう見ずな反骨心が、ヌードなど儀礼をとおして「見られること」を前提にした新たなフィクションの形態を生み出すことになった。それは演出なのか、むき出しのリアリティなのか。見る者によって異なった言語を突きつけてくるのである。

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以上が、<アート>写真を構成する大まかなジャンルである。<ファッション>にもストリートフォトやアーキテクチャー(建造物)、サブカルチャーなど様々なジャンルが存在するのだが、ここでは言及しない。

 

ここにきて、ある程度の写真鑑賞における類型的な基礎知識は書き終えた。より写真の見方を深めたい鑑賞初心者は上記のジャンルを頼りに自身が興味のある、または興味を持てそうなものに絞ってもらって、実際に写真集を眺めてみるなり展示に足を運んでいただくなりの実践が必要になってくる。次の論考では写真の媒体論、プリント(印刷技術)論などを扱ってみたいと思っている。

 

どんな写真集が存在していて評価されているのか、大づかみにでも知りたい方は以下の書籍を手にされてみるがよろし。古今様々な写真集が一望できるのに加え、現役写真家・カメラマンそれぞれの写真集談義も収められた他にない良書になっている。俺自身も写真集を嗜みはじめた頃に人から勧められた入門書だ。

 

Adiós, amigo!

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