レンズの詩学

The Art Of Surviving Life , and Wisdom

グレイシーの系譜 ~柔術の源流を求めて~

年初から半年以上にわたり続けたクラヴマガをこのほど辞めた。理由は並行して新たに始めたブラジリアン柔術の奥深さにすっかり魅了され、本格的に専念するためだ。もともとクラヴマガを補完するために始めたブラジリアン柔術だったが、どうも身体操作的にも俺はグラップリングの方が向いているようで。技のひとつひとつが妙に腑に落ちて、頭と身体にしっくりくる。これなら競技として楽しみながら護身を学べるし、生涯学習としても精進し続けていくことができる。なによりスローライフ志向な俺の価値観にカルチャーとしてがっちりフィットするのだ。この先の、人生を通したライフワークとして取り組もう。そう確信するに至った。

 

数あるブラジリアン柔術の道場の中でも、俺がグレイシー系を選んだ顛末は以前の投稿でも書いている。日本国内においては総合格闘技、もしくは護身術の一環として柔術が取り入れられているのが実態で、プロフェッショナルに柔術を追求している道場は少ない。俺はできるだけ競技柔術の保守本流で学びたかった。今にして思えばこれは正しい決断だったといえる。

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自分自身の技術の追求も当然大事なことではあるんだけれど。始めてから日も浅い俺がほぼ毎日道場に通うほど強烈に魅せられ衝撃的だったブラジリアン柔術という競技。世間的に今以上に認知されて競技人口や観戦人口の拡大に繋がればどんなに素晴らしいことか。微力ながら何かの形で普及活動にも尽力していきたいと思っている。そんなお節介心からブラジリアン柔術の歴史や現在の状況を勉強しはじめたんだが、何せ地球の裏側のマニアックな格闘技の話だ。体系的にまとまっているはずもなく。そこでいろんな媒体の、国内や海外やらの様々な文献を統合する形でここに記しておきたい。

 

最初に系統図をまとめてみた。おそらく、この手の資料がネットでアップされるのは初めてじゃないだろうか。あくまで個人的に趣味でまとめたものなので精緻さや厳密な分類は求めないでほしい。

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ブラジリアン柔術は「グレイシー柔術」として創始された。ブラジルにわたった日本人柔道家、コンデ・コマこと前田光世が現地のカーロス・グレイシーSr.という人物に技を教えたことがはじまりで、カーロスは一族に柔術を教えるようになる。そのうちカーロスの実弟エリオ・グレイシーがブラジルの数少ない大衆娯楽であったバーリトゥード(以下、BTと略す)と呼ばれる異種格闘技戦を視野に入れ、体力・体格差で劣っても勝つことができるようにテコの原理を取り入れるかたちで技術に改良を行った。と、同時に自らBTのリングの上に立つと圧倒的な強さで柔術の優位性を立証する。

 

カーロスの実子であるカーウソンもBTでの戦績を重ねて自らのアカデミーを興す。この時点で誰にでも使えるという意味での「セルフディフェンス(護身)」を基本コンセプトに、異種格闘を前提にしたグレイシー柔術が確立された。以降、エリオ派の本流(グレイシー柔術アカデミー)とカーウソンから派生した流派はこのスタンスを貫き続けている。

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グレイシー柔術を大成させた絶対的カリスマであるエリオのもとで学んでいたカーウソンの異母兄弟、後に「伝説のグレイシー」や「黄金のグレイシー」といわれるホーウスが既存のグレイシー柔術に柔道やレスリング、サンボなどの要素も取り入れ、よりプロフェッショナルな方向へと技術を昇華させる。実際の試合でもBTにとどまらず、レスリングでオリンピック出場を果たすなど無類の強さで不敗を誇ったが、30代も前半にして不慮の事故により早逝した。エリオが柔術はスキルがすべてでありフィジカルは問題ではないと訴えたのに対して、ホーウスはフィジカルの重要性を説いていた。ホーウスは晩年、柔術をワールドワイドなスポーツとして競技化への道を志向していたらしい。彼の出現と死が現代柔術史上、最大のターニングポイントになっている。

 

そして、ホーウスのアカデミーを引き継ぐかたちで異母兄弟のカーロスJr.グレイシーバッハを創始して国際ブラジリアン柔術連盟を設立。競技ルールを整備し柔術世界選手権(ムンジアル)など大規模な大会を主催するようになる。ちなみに余談だけどエリオが競技柔術の流れを主導したグレイシーバッハに対して「あんなのは私が教えた柔術ではない」とドキュメンタリー映画「The Gracies and the Birth of Vale Tudo」の中でぼやいてたのが印象的だった。 

 

ホーウスが自らのアカデミーで黒帯を託した数少ない1人、ジャカレイ・カバウカンチはアカデミア・マスターで多くの後進を育て上げ、自らの弟子たちのアカデミーを統合するかたちで「アリアンシ」を旗揚げし自ら総帥となる。現在までの流れにおいても非グレイシーの最大勢力として大きな流れを形成している。

 

このアリアンシのスター選手だった”レオジーニョ”ことレオナルド・ヴィエイラが確執により独立し「ブラザ」を設立。短期間ではあるが稀代の技巧派カイオ・テハも所属していたことがある。フェルナンド・テレレとエドゥアルド・テレスもアリアンシ脱退後に「TT柔術」を立ち上げる。このTT柔術からテレレの秘蔵っ子でMMA(総合格闘技)でも活躍する現代の最重要キーパーソン、アンドレ・ガウヴァオンが「ATOS柔術」を立ち上げ、ハファエルギィレルメメンデス兄弟らとともに理詰めの最新鋭テクニックを次々に編み出す。近年のおもだった大会のタイトルを総なめにして、"モダン柔術"という新たな潮流を生み出した。

 

エリオの長男であるホリオンは単身アメリカにわたりグレイシー柔術アカデミーを設立。もともと米軍向けに開発した独自のトレーニングメソッドをベースに、エリオが提唱した「セルフ・ディフェンス」の路線を踏襲し、あくまで異種格闘を前提にした技術の体系化に成功する。ハリウッドにも柔術の認知を着実に広げ、総合格闘技団体UFC立ち上げの最大の立役者となった。異母兄弟であるホイスが参戦したUFC1〜4は格闘技史上最大のエポックとなる。日本でも高田延彦や船木誠勝と試合をした400戦無敗の男ヒクソンはホリオンの実弟で、思想的には同じ流れを汲んでいる。

 

ホリオンは「グレイシー柔術」という名称を商標登録することでその権利を独占、グレイシー一族から反感を買うことになる。これにより「ブラジリアン柔術」という一般名称が普及するに至った。なおホイスはこの後、実兄ホイラーとともにエリオのアカデミーを引き継ぎ、ウマイタで後進の指導にあたりサウロとシャンジのヒベイロ兄弟という不世出の天才グラップラーを輩出、MMAのみならず競技柔術においても(クラシカルといわれる)グレイシー柔術が最強であることを立証した。

 

ブラジリアン柔術では帯の認定制度を司る統一団体が今のところ存在しないので、各道場主の独自判断により色帯が授与される。なので、有段者を「どこの誰々の黒帯」という言い方をする。縁故が希薄化する現代社会において、昔ながらの徒弟制度的な風習がアカデミーの結束を高めるのに一役買っていて興味深い。今のご時世で人と人とのアナクロな繋がりを大切にする柔術の道場システムの素晴らしさを考えると、この仕組みだけは合理化せず今後も維持していくべきことのように思える。

 

また柔術界においてはヒール(悪役)として扱われがちなホリオンだが、彼が米軍向けに体系化した習得メソッド「Gracie Combatives」は非常に秀逸で、多くのグレイシー系アカデミーでこのメソッドをベースにトレーニングが組み立てられている。ホリオン・ファミリーは一様に門外漢でも理解できるようにわかりやすく柔術を教えるのが上手い。そーゆー意味では間違いなく彼も柔術の礎を築いた功労者の一人なのだ。

 

異種格闘を前提にした保守競技を前提にした革新に大別されるグレイシー柔術において、その思想の違いが決定的に異なるのがポジショニングだ。前者は最終的な決着をマウントポジションと呼ばれる馬乗りの状態を布石にして位置付けているのに対して、スペシャリスト同士の競技柔術においてはサイドポジションという脇側からの攻防で如何に相手をコントロールするかに主眼を置く。どちらのポジションをとるかで試合運びがまるで違ってくるが、MMAのリングでも柔術の技術が広く知られるようになった今ではサイドポジションからの展開が鍵を握るといってもいい。

 

以上、駆け足でブラジリアン柔術の流れを見てきた。既出の断片的な内容をまとめただけなので史料的な価値はないかもしれんが、1人でも多くの方に興味を持つきっかけになってくれたら幸いだ。

 

Adiós, amigo! 

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