レンズの詩学

The Art Of Surviving Life , and Wisdom

写真集『EUROMAIDAN』/Vladislav Krasnoshek and Sergiy Lebedynskyy

なるべく政治的な思想や意見は公な場で公言するつもりはないんだけど。思ったことはなるべく自身の心の裡に抱いたまま忖度する、そんなことを美徳とする日本人という民族に民主政治は可能なのだろうか。今回の衆院選の結果を総括する報道を見つつ、そんなことを思った。

 

内田樹が本の中で『貴族と大衆』と題する文章を書いてるんだが。ニーチェ的な「貴族」とオルテガ・イ・ガセットが提起した「大衆」を対置して社会を論じたもので、個人的に大いに触発された。言い方は悪いかもしれない。しかし「最大多数の最大幸福」を前提とした今の民主主義の運営システムにおいては、「物言う貴族」の少数意見は「思考せぬ大衆」の愚鈍な相互模倣の連鎖の中で希釈され、やがては消失してしまう。つまり。大衆の集合知を最上とする「民意」を根拠に立脚してしまえば、それはとりもなおさず衆愚政治としてしか機能しないのではなかろうか。

 

だからといって少数の選ばれた人間による独裁政治を容認するわけにもいかんのだが。この辺りのことは記事を改めて今後、考察を示していきたい。で、何故に冒頭からこんな重たいテーマを語ってるかとゆーと。2014年に刊行された、ある写真集がずっと気になっていた。250部という希少性ゆえに刊行後すぐに完売。数年も経ずして古本は3倍以上のプレミア価格に高騰、なかなか手を出せずにいた。その写真集というのがVladislav KrasnoshekSergiy Lebedynskyyという2人の若きウクライナ人写真家による『EUROMAIDAN』という作品だった。

 

2014年にウクライナで起きた騒乱を憶えておられるだろうか。2010年に選挙で大統領に返り咲いた親ロシア派のヤヌコヴィッチが、EUとの経済連携協定を見送ったことをきっかけに親欧米派の市民によるデモが湧き起こった。はじめに人々が集まった場所が独立広場だったことから「マイダン(広場)革命」と呼ばれ、ウクライナ国内で親ロシア派との対立が深刻化し、内乱状態は今も続いている。

 

で、この事件についてWikipediaに掲載されている情報を全文引用してみる。

2014年2月18日、反体制派の市民と警察の間に武力衝突が発生し、数日間で13人の警察官を含む、少なくとも82人が死亡し、1100人以上が負傷した。

2月18日の暴動は、キエフにて2万人ものデモ隊が大統領を含む政権の交代および2004年憲法の復活を求めて独立広場に集結、それを排除しようとした治安部隊が軽火器を用い、衝突が激化した。治安部隊はゴム弾と実弾(自動火器とスナイパーライフルを含む)の両方を発射し、催涙ガスや閃光手榴弾を用いた。対するデモ側は手製の武器、猟銃、火炎瓶、足下の石畳から取り出した石を投げる等して対抗した。

デモ隊の一部が与党・地域党の本部を攻撃し、その結果職員一名が死亡。治安部隊はキエフ独立広場のデモ隊本拠地を襲撃した。

 

書いてあることは、たったのこれだけ。日本国内においても2014年当時は盛んに報道されていたが、今ではほとんどの方が忘却の彼方においやってしまっているのが事実ではなかろうか。否。騒乱が起きたことはよく知られているのだが、そもそもなんで起きたのかという知識が欠如した人が殆どなのではないだろうか。いかんせん、このウクライナで起きている出来事が大国に挟まれた緩衝地帯としての国家の命運を顕著に映し出していて、遠く離れた日本という国もまさに他人事ではない状況だと考えるに易い想像力を有した御仁が如何ほどおられるだろうか。

 

個人的に旧共産圏の国々に興味があったのでこの事件については発生当初から注目していた。しかしながら、あくまでも第三者的な報道をとおしてしか全容を知らなかったのでインサイダー的な視点からこの騒乱の本質を見てみたかった。同国を代表する人気作家アンドレイ・クルコフによる渾身のルポルタージュ『ウクライナ日記 国民的作家が綴った祖国激動の155日』も読んではいたんだが、「21世紀の火薬庫」と位置づけられる同国だけに。どのような空気感、雰囲気の中で騒乱が起こったのか視覚的に追体験したかったのだ。だから折に触れてこの本の相場をチェックしていたのだが、このほど念願叶って良心的な価格で入手できたってわけ。 

ウクライナ日記 国民的作家が綴った祖国激動の155日

ウクライナ日記 国民的作家が綴った祖国激動の155日

 

 

さっそく海外から届いた実物を見分。想像以上にコンパクトな版型でチープな作りだったのだが、中身を見ているうちにこれはこれでいい風合いを出してると思ったんだわ。写真集というよりはZINE(ジン)と言ってしまったほうがいいくらいなのだが、暴力的なまでに粒子が粗く、アレ・ブレ・ボケを多用したスキャンダラスで凄まじい迫力のモノクロ写真によくマッチしている。

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おそらく作家は目の前で起こっていることが歴史的な象徴性をともなった大事件となることを確信していたのだろう。眼前で起きている事象に対する熱気や衝動みたいなものが荒々しさとともに伝わってくる。その成立過程や民族情勢・宗教問題など歴史上複雑きわまりないウクライナという、複合的なアイデンティティに悩み悶える神経症的国家に生きる市民の混迷、政治・権力機構の腐敗が無声の叫びとなってアノニマスな不鮮明さの中から立ち昇ってくる。何度も何度も写真を見返しているうちに、そんな独特の感覚にとらわれるようになる。そうか、これは「視る」とともに「体感する」ための本なのだ。

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正面から撮ることによって特定の人物を英雄視するのでなく、どこの国でも、どんな人にも起こり得る出来事として感覚でとらえさせ疑似体験させる。だからこそ、この本の中で作家は何にもフォーカスを合わせていないのだ。ただ歴史の証人として、写真家の矜持として、眼前のあるがままを記録し、シャッターボタンを押し続けた。そんな写真家なら誰もが持つ衝動や青臭さをも感じさせる意欲作になってると思う。余談だけど、この本の刊行後に2人はこの事件を挟む前後5年間という時間軸で撮り続けた首都キエフの様子を時系列に編集した写真集『Chronicle(クロニクル)』を出版している。

 

そして、もう一つ。ウクライナ危機はこの後、ロシアによるクリミア併合にまで発展することになる。このクリミアへの介入を、イタリア人で覆面フォトジャーナリストのGiacomo Liverani(後年、非業の死を遂げた)がロシア軍に従軍することで一部始終をカメラにおさめ、やはり少部数でZINEとして出版した『Crimea』という知られざる名作も存在する。『EUROMAIDAN』がウクライナの視点だとするならば、この『Crimea』は紛れもなくロシアからの視点で撮られたものだ。

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Giacomo Liveraniはジャスミン革命に端を発する「アラブの春」でも中東・アフリカ諸国を精力的に訪れ、かなりキワドイ作品を発表していた。そのあまりにも過激で政治的すぎる写真表現によって覆面ジャーナリストとしての道を余儀なく歩んできたのだろうが、あまりにも謎多き人物だった。Giacomoが亡くなったとの報に、それさえもが偽装なのではないかと勘ぐったりもした。おそらく表の世界で彼が脚光を浴びることは今後もないだろう。そんな彼に敬意を表して、ここに紹介させてもらった。

 

Adiós, amigo!