レンズの詩学

The Art Of Surviving Life , and Wisdom

嗜好症者のジレンマ、ビエルサの見る夢

「彼の言葉の数々は私を恐懼させた。それは尊敬からくるものだと思うが…。正直、彼が行き着いているフットボールの境地を、私では計り知ることができなかった。」

「私たち(監督)はどれだけのトロフィーを獲得したかで評価される。どれだけサッカーに影響を与えたのか、どれだけ選手に影響を与えたかではなくて。私は今だかつて彼から影響を受けたことはなかったという選手にあったことがない。彼は間違いなく、サッカーに、選手に影響を与えているのだ。」

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ヨハン・クライフという唯一無二のレジェンドに見出され、かつてはバルセロナやバイエルン・ミュンヘンを、現在はマンチェスター・シティを率いる稀代の名将、ペップ(グアルディオラ)をしてこうまで言わしめる“彼”。この“彼”には数々の逸話が存在する。その名を口にすると誰もが「ああ!」と唸ってしまう、サッカー好きであれば嫌いな人はいないであろうこの人物の本質を見事に表しているのは彼自身の次の発言だろう。

「私にとって、どんな高級な服も、絶品の料理も、絶世の美女さえも興味に値しない。フットボールの進化を見極める。その崇高さに比べたらすべてが陳腐だ。」

 

世界中のサッカーの試合ビデオを取り寄せ、食い入るように見て、分析するのが趣味というこの人物こそがサッカー界随一の戦術マニアであり、“エル・ロコ(奇人、変人)”の愛称で親しまれるアルゼンチン人指導者マルセロ・ビエルサだ。

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一時期、日本代表監督就任の噂が持ち上がったことから国内でも少なからず知られた存在だろう。あらゆる試合を分析し尽くした結果、彼はこう言い放つ。ストイック過ぎだろ。

「サッカーは125パターンに分けられる。何度探しても126パターン目が見つからない。」

「自分はこれまで25,000試合のビデオを分析したが、サッカーの歴史上戦術というものは28種類しかなく、そのうちの19種類は守備的なもので、残りは攻撃的なものだ。」

「5万試合を研究し、サッカーには28の布陣があることがわかった。それ以上は存在しない。」

 

国際政治やビジネスにおける戦略実務というのは古今あらゆる事象の中から普遍性を見出し、類型化して、分類することが仕事の第一歩となる。その次に分類した事象ごとに対処策を検討して理論化していくのが本筋なんだが、上記の言説からビエルサは見事なプロセスで理論形成を行っていることがよく理解できる。未だかつて、ここまで戦略的に正しいアプローチができるサッカー監督がいただろうか。

 

もちろん、いわゆる理屈倒れの理論家や能書き垂れの評論家というのが世の中に多く跋扈している。この類いの人たちは言っていることと結果が大きく乖離しがちで、俺らもそーゆー人種の監督を数多く見てきたし散々がっかりさせられてきたはずだ。ところがビエルサにはその理論を支えるインテリジェンス、柔軟な思考という確かなバックグラウンドを備えていることがマルセイユ時代の、地元記者とのウィットに富んだ次のやり取りでもよく解る。

「前もって、起きることを的中させるのが、いつの時代でも賢さの証だと皆は考えている。あなたがたジャーナリストは、私に予想を尋ねるが、予期せぬことや思いもよらないことが何度でも起こるのがフットボールだと私は理解している。だから、予想をしないことに決めているのだ。むしろ、予想を避けている。どんなことが起こってもおかしくないということを、私に教え続けてくれるのがフットボールなんだ」

 

戦術は選手の能力を補うものと定義するビエルサだが、その根底には「攻撃こそ最大の防御」という基本思想が大きく横たわっており、いわゆる超攻撃的サッカーを信条としていることが彼の人気の一因だ。その彼が生涯をかけて追求している戦術が「3-4-3」というきわめて難易度が高く事例が少ないフォーメーションと、今や傍流に追いやられつつあるマンマークをベースにした「プレッシング」というコンセプトだ。

 

ビエルサの3-4-3については細かく分析されたブログやら記事やらで枚挙にいとまがないし、3-4-3自体をテーマにした書籍もあるからここではカンタンに片づけるけど、要は3バックをシステムの基盤に据えてリスクをとって攻撃的に行く。取られたら取り返すというある意味で男気すら感じさせる究極の攻撃的な布陣なんだけど、ビエルサはロジカルに目的合理性に照らした上で中盤ダイアモンド型の3-4-3を偏愛しているのだ。

 

というのが、このシステムの構造上、上下左右すべて均等にプレーヤーが配置されることになる。攻撃する時間を増やそうと思うと必然的にボールポゼッションを上げることになるんだが、すべてのエリアに均等にプレーヤーが配置されることでパスコースの選択肢は最大化し効率的にポゼッションすることが可能になる。さらには、もう1つのキーワードである「プレッシング」にも大きく関係してくる。

 

ビエルサが掲げるコンセプトは早い話がボールを持ち続け、インターセプトされたらすぐに奪って再び支配率を高めるというもの。つまりがディフェンスの局面ではなるべく高い位置で奪い返してカウンター、というのが理想形になるので最終ラインはあくまでリスクヘッジであって、できることなら1列目、2列目で奪い返すことが前提になる。そうすると前が薄く後ろに厚い近代的なフォーメーションでは逆に効率が悪く、上下左右が対称の3-4-3が最も適していることになる。

 

だが、しかし。ビエルサの標榜するサッカーには限界もある。「ボールを持ち続け、インターセプトされたらすぐに奪って再び支配率を高める」とは、つまるところ常に動き続けるサッカーということだ。「戦術は選手の能力を補うもの」ということは【選手<システム】という図式が成り立ち、選手個人の属人性は極力排してかぎりなくオートメーションを高めることとも結びつくのでシステムの精密性が高まる。終始走りながら緻密な連携を求められる選手には多大な負荷がかかるのだ。だからこそビエルサが率いるチームはシーズン序盤こそ躍進するが、終盤にかけて息切れし失速することが多い。かぎりなく理想主義的で、完璧主義者の監督に最後まで付いていける無尽蔵のスタミナを持つ選手もまた少ないのだ。

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うまく機能すれば究極の布陣でも、その運用はかぎりなく高度であるからこそ戦術としては「諸刃の剣」であり、そのスタイルを体系化しきった大成者は皆無に等しい。だからこそサッカー戦術に浪漫を抱く者にとってはビエルサのこの偏執的な、壮大な実験そのものが夢や浪漫であり続けるんだろうな。そして本人は戦術を最上位に置いているのでスター選手や天才プレーヤーに頓着しない。いや、むしろ選手のタレント性や属人性など一切必要としていない。必要なのは強靭なフィジカルとスタミナだ、アルゼンチン代表以降に就任したチームにおいてはそーゆービエルサの意思がはっきりと読み取れる。スペックに頼ることなく、おのれの頭脳ひとつで勝負に挑んでいるのだ。強豪チームからのオファーに興味を示さず、弱小チームを好んで監督に就任するという潔の良さに一貫したポリシーも感じさせる。そこがまた魅力なのだ。

 

「私は度が過ぎた人間だ。私にとって、サッカーがすべて。いつもサッカーのことを考え、サッカーについて話し、サッカーについて読んでいる。そんな生活を永遠に続けることは普通じゃない。だから私は、そんな自分の人生を平穏にしたいのだ」

 

要は“サッカーという魔性”に憑かれた1人のオタクの話なんだけど。俺はそんなビエルサに、古今の戦争を分析するのが趣味のただの「戦争オタク」が実際に軍を動かすや多大な戦果を挙げ、自らの君主を覇王の座に据えた後、栄光を捨てて静かに去り人類普遍のバイブル『孫子の兵法』を書き上げた孫武の姿を重ねて見てしまう。ビエルサもいつの日か自身の「兵法」を書き上げるのだろうか。

 

私は失敗のエキスパートだ」なんてこと、自ら言い切れる人間ってのはホントにかっこいい。そんな生粋の強迫性嗜好症である鬼才ビエルサが現在籍を置くリーグアン(フランス)のLOSCリールから今季は目が離せない。

 

「斬新なアイデアを思いつく者は、そのアイデアが成功を収めるまで『奇人(ロコ)』である。」

 

Adiós, amigo!

ビエルサの狂気―知られざる戦術マニアの素顔

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