レンズの詩学

The Art Of Surviving Life , and Wisdom

柔術のポジショニングとコントロール

人の価値観や印象なんてものは、概ね多感な時期にインパクトを受けた事物に規定されている。俺のライフスタイルと化したブラジリアン柔術の競技人口は、ちょうど1980年前後かそれ以前が生まれ年の、俺と同年代の人が圧倒的に多いように思う。 それもそのはず…

写真集『Songbook』/Alec Soth

去年見た中でのベスト写真集は?と問われれば、迷いなく挙げる1冊がある。世間的に大変な評価を受けている時代の寵児による作品集ではあるのだけれど、<彼>について多くを知っているわけではないし俺は熱烈なファンでもない。むしろ<彼>が何を表現しようとし…

手抜きくらいがちょうどいい

毎年のことではあるけれど、新たな年度の区切りというのがどうも苦手だ。改まったところで急に何かが出来るようになるわけではないし、願をかけたとしても一体どれだけの確率で報われる人間が存在するのだろうか。人生、苦もあれば楽もある。それらは常に紙…

禅と武術の果て ~呼吸を巡る身体的考察~

禅仏教の思想は徹底してパンクだ。なんたって真理が「空(くう)」であるなら、原理論の「空」性は帰納的に証明することができない。つまり、真理は知性的には「無い」のだ。まるで、公理可能な理論に矛盾性がなければ証明も反証もできない命題が存在してい…

幸セノカタチ

年末の世間的なご多分に漏れず、喧騒の中をいろんな人たちと酒席を共にしてもらっている。様々な人の話を聞いてその人生を垣間見るにつけ、つくづく幸せのかたちって人それぞれだなって思う。子供が出来たやつ、まだ結婚してないやつ。趣味に生きる人、仕事…

写真鑑賞論④ ~レンズが見つめる先~

そもそものアートとしての写真の定義から始めて(第1回)、写真芸術の読み解きの例示(第2回)、そして写真編集(第3回)について言及してきた写真鑑賞論の4回目。今回は表現形式としてのジャンルについて論を進めてみたいと思う。前回の写真編集も同様だが…

日常の<入力>と<出力>

決まった周期、決まったペースで、まとまった文章量で、何年も飽くことなくブログ記事を生成し続けてる人ってすげえなって思う。マジで尊敬するよ。いや、厭味なんか無しにしてさ。だって、コンスタントに記事をアウトプットできるってことは。頭ん中のバー…

美食を巡る「職人」と「アーティスト」

いつからだろうか、驚くほど「食」に対する妥協を許さぬようになった。老後は自分で飲食店をやってみてえなと。そんな世間的にとてもありがちで、淡く浅はかな夢を抱くほど料理を食すことと提供することが好きになった。ちょっとでも気になる料理の噂を聞き…

グレイシーの系譜 ~柔術の源流を求めて~

まがりなりにもマイペースに続けてきたクラヴマガをこのほど辞めた。理由は並行して新たに始めたブラジリアン柔術の奥深さにすっかり魅了され、本格的に専念するためだ。もともとクラヴマガを補完するために始めたブラジリアン柔術だったが、どうも身体操作…

いわた書店『一万円選書』の意味と、その可能性

先月末、いわた書店の「一万円選書」に当選したとの報を家人から受ける。えっ、マジかよ! 北海道は砂川市に実在する小さな書店に全国から注文が殺到、年に数回の抽選方式で当選した顧客にだけ店主が個別に厳選した1万円分の本を届けるというサービス。以前…